issue#06 I I I Little Talks CHAPTER 02 34
「はちる、お水!」
「はいっ!」
アシュリーの叫びに応じ、はちるが台所から駆けてくる。
その大きな手には、ストローの付いた介護用の吸い飲みが握られていた。
「お水だよー、ママ。落ち着いてー」
騒乱の傍らで、おせちは部屋の隅に散乱した残骸を黙々と片付けている。
引き裂かれた座布団の中綿や、無惨に散らばった古新聞。その背中には、
隠しようのない疲労の色が濃く滲み出ていた。学校生活、終わりのない家事、そして母の介護。
地球を狙う巨大な悪意に立ち向かうヒーローチーム、カルテット・マジコのたゆまぬ連携力は今や、
崩壊しゆく家庭を辛うじて繋ぎ止めるためだけに浪費されている。
唐突に、尊の腕から力が抜けた。彼女はアシュリーの腕の中でぐったりと体を預け、深いため息を吐く。
「……ふぅ。疲れたのう。……ここはどこじゃ?アシュリー、お前、何をしとる急に抱きついてきて?」
数分前まで繰り広げていた大騒動など、彼女の記憶には欠片も残っていない。
その無垢で、空っぽな瞳と目が合った瞬間、アシュリーの中でギリギリまで張り詰めていた何かが、
音を立てて切れそうになった。
「……はぁ」
アシュリーは、母をソファに座らせると、荒い息を吐きながら台所の換気扇の下へ逃げ込んだ。
震える手で冷蔵庫からコーラを取り出し、プルタブを開ける。
「……限界だよ、こんなの」
追ってきたさなが、泣きそうな声で呟く。
「おかーさん、私たちのこと……もう、半分くらいしかわかってないよ」
重苦しい沈黙。キッチンの蛍光灯が、チカチカと寒々しい点滅を繰り返す。
アシュリーは、ひと口飲んだコーラの炭酸で、喉奥にこみ上げる酸っぱい感情を無理やり押し流した。
そして、ことさらに明るく、悪態をつくように口の端を歪めた。
「ま、ポジティブに考えよう」
「え……?」
「不幸中の幸いってやつだよ。あいつ、中身は神様で、体はエネルギーの塊だろ?」
アシュリーは、リビングで虚空を睨む母の背中を顎でしゃくった。
「飯は食うけど、消化吸収率100パーセント。つまり、排泄がない。 ……シモの世話をしなくていいし、
ウンチ投げてこないだけ、人間の介護よりまだマシだってことだ」
それは、あまりに低レベルで、悲しすぎる強がりだった。 だが、その乾いたジョークだけが、
今の彼女たちが正気を保つための、唯一の命綱だった。




