issue#06 I I I Little Talks CHAPTER 02 31
日記
彩艶HWG
こりゃめでたいぜ!
「――」
尊の顔から、知性が引いた。
栓を抜いた水盤のように、一斉に、音もなく。まとっていた理路も、
体裁も、背筋の芯も、なにもかもが一息に流れ落ちていく。
手の中の竹箒が、ぱさりと乾いた音を立てて地面へ転がった。膝が頼りなく笑いはじめ、
小さな体の輪郭そのものが、内側の支えを失ってぐらりと傾ぐ。
「お、おせちぃ……!よう……よう来てくれた、よう迎えに来てくれたなぁ……」
尊は鼻をすすり上げた。大粒の涙が1粒、また1粒と目尻からこぼれ、
あどけなさの残る頬を伝っていく。それはすぐに、堰の切れた本物のむせび泣きへ変わった。
震える両手が、おせちへ向かって力なく差し伸べられる。何10年も生き別れていた肉親と、
ようやく巡り会えたかのような悲壮さで――娘に手を、握ってくれと乞いだした。
――いったい、なぜ?
おせちの喉から、「ヒュッ」と細い音が漏れかけた。
ほんの数秒前まで、この人は他人を相手に、あれほど筋道立てて喋っていたのだ。
その同じ口が、同じ目が、娘の顔を見た途端にこれだ。2つの姿が、頭の中でどうしても1人の人間に重ならない。脈絡もなくさらけ出された母の剥き出しの依存心を前に、娘は息の仕方を忘れて、ただ立ち尽くすしかなかった。
それでも、おせちの体は動いた。
「すみません……!ほんとうに、すみません……!」
同じように立ち尽くすサトウへ、腰を何度も何度も折る。そうしながら、
すがりついてくる母の腕を取り、半ば抱えるようにして、逃げるようにその場から離れていった。
あとには、見違えるほど整えられた庭と、放り出された竹箒と――御礼と苦情の行き先を両方とも失ったサトウだけが、ぽつんと残された。




