issue#06 I I I Little Talks CHAPTER 02 25
「ああ~、そりゃあ難儀なことじゃ。数字をバラバラに解く作業なんぞ、
神のわしでも骨が折れるからのう」
尊は深く、深く頷いた。浮かべているのは、すべてを包み込むような慈愛の笑みだ。
ただ、目だけが笑いから取り残されている。視線の芯が、少年の顔のどこにも刺さっていない。
「……そこで、じゃ。ヒグチくん、帰りに1台、自転車を持っていかんか。
1台あれば、数学の疲れなんぞ吹き飛ぶぞ」
少年の動きが、止まった。
『自転車を、もらう?』
今まさに、自転車を押しているこの自分が。
彼は手の中のハンドルと、目の前の童女めいた――そして、三色団子の色合いをした2本の角を持つ和装の女を、ゆっくりと見比べた。どこから訂正すればいいのか、その入口すら見つからない。
「……え?」
「え、ではないわ。自転車じゃよ」
尊は畳みかけた。声色だけは、孫へ土産を自慢する好々婆のそれだった。
「うちの蔵にな、たしかもう200年は誰も乗っておらん、極上の1台が眠っておる。タイヤはついておらんが、なに、空くらいは飛べるかもしれんぞ。それをお主に、くれてやろうと言うておるんじゃ」
「え……いや、だ、大丈夫です!自分の、ありますから!」
少年は、銀色のクロスバイクをぐいと横へ向けて見せた。車体が傾いた拍子に、
スポークの隙間を夕陽がすり抜け、車輪の内側で赤い光が細かく回る。
これ以上ないほど雄弁な、現物による反証だった。




