issue#06 I I I Little Talks CHAPTER 02 24
夕暮れ時。茜色の光が白走の街をまるごと浸し、
家々の影が坂の下へ向かって長く長く伸びはじめる頃合いだった。
ぽつり、ぽつりと窓に灯りはじめた明かりは、まだ空の残照に負けて、頼りなく滲んでいる。
吉濱家へと続く長い石段。その中腹にひとつの影があった。微動だにしない。
この地域の守護神にして、目下は隠居の身。そしてこの数週間は、
認知機能の衰えで家族を振り回し続けている――吉濱尊、その人だ。
彼女は苔むした段差へちょこんと腰を下ろし、坂の下だけをじっと見つめていた。
釣り糸を垂れた釣り人のように、姿勢そのものは何かを待ち構えている。
だが、その針の先に何を掛けるつもりなのか、当人が覚えているのかどうか――瞳は、
どちらとも答えない空洞の色をしていた。
石段の中腹を、細い生活道路がよこぎっている。
そこへ通りかかったのが、近所のヒグチ少年だった。通学バッグを肩にかけ、
相棒の自転車を押しながら、いつも通りの帰り道を、いつも通りに歩いていた。
――少なくとも、あと数歩まではそうだった。
彼が影の前を通り過ぎようとした、まさにその瞬間。尊は音もなく立ち上がり、
行く手へ1歩、すっと踏み出した。夕陽を背負った小柄な和装の輪郭が、
少年の進路の真ん中で、扉のように閉まる。
「やあ、ヒグチくんか。お帰り。今日も1日、学校は大変じゃったろう。
どうじゃ、勉強のほうは順調かのう?」
唐突に降ってきた問いに、少年の肩がビクリと跳ねた。
自転車ごと半歩下がり、それでも持ち前の育ちの良さで、どうにか挨拶の形を整える。
「あ、こ、こんばんは……吉濱さん。じゅ、順調です。今日は、
その……数学が、因数分解ってやつに入って、大変でした。……おばさんも、お元気そうで」




