issue#06 I I I Little Talks CHAPTER 02 22
「霊的な存在であっても、思考し、記憶し、自我を保つシステムがある以上、
そこに『摩耗』や『エラー』が生じることはあり得るのでしょう。
人間で言うところの脳の老化現象が、お母様の精神構造においても起きている……そう解釈するのが妥当かと思われます」
「治るん……ですか?」
すがる眼差しを医師に向け、さなが、今にも泣き出しそうな声を絞り出した。
医師は痛ましげに眉根を寄せ、ゆっくりと首を横に振る。
「人間の認知症と同じであれば……根本的な治療法はありません。
進行を遅らせる薬を処方することはできますが、お母様の体に効くかどうかは未知数です。
基本的には、生活環境を整え、ストレスを減らし……穏やかに過ごさせてあげること。
それが、今の医学にできる精一杯です」
「……そんなぁ」
絶望に顔を歪めたはちるが、漏れ出そうになる嗚咽を両手で必死に押し留めた。
「ふん、何を暗い顔をしておる」
突如として、尊が不機嫌そうに声を上げた。彼女は自分に向けられた同情や悲嘆をあざわらい、医師と娘たちを順に見回して鼻を鳴らす。
「ボケじゃと?認知症じゃと?笑わせるな。わしはもう3000年も生きておるんじゃぞ?その内の記憶が、ほぉ~んの少しこぼれ落ちたところで、わしの魂が磨り減ったということにはならんわ!」
それが精一杯の虚勢であることは、誰の目にも明らかだった。
膝の上で強く握りしめられた彼女の拳が、隠しきれない動揺で小刻みに震えている様子を、
アシュリーの目は捉えていた。
「……帰るぞ!こんなヤブ医者の話など聞いておれん」
尊は乱暴に席を蹴って立ち上がると、何かに追われる足取りで背を向け、診察室を出て行く。
取り残された4人は、互いの顔を見ることもできず、ただリノリウムの床を見つめていた。
何度となく世界の危機を救ってきた最強の家族に対し、抗うことのできない「老い」という敵が、
音もなく、しかし確実にその足元まで忍び寄っていた。




