issue#06 I I I Little Talks CHAPTER 02 19
『吉濱尊さーん。12番診察室へお入りください』
頭上のスピーカーから合成音声が降り注ぎ、張り詰めた待合室の空気を震わせた。
呼び出しの合図だ。
通された診察室には、独特の空気があった。初老の精神科医は、
モニターに映し出された電子カルテと、眼前に座る患者とを忙しなく見比べている。
その表情には、データと目の前の現実との乖離に戸惑う色が濃く滲んでいた。
「えーと……吉濱さん、ですね。今日はご家族からの相談ということで……。最近、物忘れが激しいと」
「失敬な。忘れているのではない。脳のメモリを整理し、不要な情報を取り除いておるだけじゃ」
尊は椅子に深く腰掛け、胸の前で腕を組んで鼻を鳴らす。
「なるほど。……では、少し簡単な質問をさせてくださいね。今日は何月何日ですか?」
問われた瞬間、尊の思考回路が空転した。引き出そうとした情報は霧の向こうにあり、
指先にかからない。
「……知らん。神にとって暦など、人間が勝手に決めた記号に過ぎん」
動揺を押し隠し、尊は顎を上げて言い放つ。
「では、ここは何県何市ですか?」
「空縁州の……」
地名は喉元まで出かかっていたはずだった。だが言葉は続かず、プツリと途切れる。
自身の内側で何かが欠落していく感覚だけが、生々しく残った。
「……100から7を、順番に引いていってください」
「馬鹿にするな!その程度の計算、わしを誰だと……えーと、93。……80……6?……む、次は何じゃったか……」
医師の指先が動き、手元の用紙に何かを走らせる。カルテット・マジコの4人からは死角となる位置で、
ペン先が紙を擦る乾いた音だけが響いた。そのリズムは冷たく、おせちの鼓膜を不快に逆撫でする。
問診が終わり、続いて検査の準備が進められた。ゴム手袋をつけた看護師が、
採血のために鋭利な針先を尊の腕へと近づける。




