issue#06 I I I Little Talks CHAPTER 02 18
総合病院の待合室は、消毒液の刺激臭と、生気のない咳払い、
そして泥のように澱んだ時間が支配する空間だった。
「……遅い。まだか」
パイプ椅子に深々と沈み込んだ尊が、いら立ち紛れに貧乏ゆすりをしながら毒づく。
受付を済ませてから、すでに1時間が経過していた。
「大きな病院だからね。仕方ないよ」
さなが、母の背中をさすりながらなだめる。
「……解せぬ。わしは高天原よりこの日の本へ降り立ち、神代と人代の受け渡しの役目を果たした尊き1柱じゃぞ?特別室へ通し、茶菓子のひとつでも供えるのが筋であろう。
……おいアシュリー、先ほどの受付の小娘を少し締め上げてこい。
『これ以上待たせるなら天罰を下すぞ』とな」
不満を垂れ流す母に対し、アシュリーは額に青筋を浮かべて食って掛かる。
「できるかそんなもん!大人しく待ってろ!」
彼女は周囲を憚るように身を屈め、押し殺した小声で怒鳴り返した。
(人間とロボットの区別もついていない……)
おせちが心中で頭を抱え、
(おかーさん……「天罰」なんて脅し方、今までは冗談さえ言わなかったのに)
さなもまた、母の微細な変調に胸をざわつかせた。
この頃、待合室の空気は、さざ波立つように変化し始めていた。
咳払いやページをめくる音が止み、周囲の患者たちが、
ぼちぼちとこちらの異様な気配に気付き始めたのだ。無理もない。
今や彼女たちは、世界で1番有名な一家なのだから。
視線の集中が騒ぎへと拡大しようとした、まさにその時だ。
「――失礼いたします。吉濱様……でいらっしゃいますね?」
好奇の視線と親子の間に割って入ったのは、1人の看護師だった。
機械音声ではない。震える声で、けれど努めて冷静に、彼女は告げる。
「ただいま、別室をご用意いたしました。他の方々の目もございますので、こちらへ」
喧騒から切り離された、人気のない廊下の奥。あてがわれた「個室」の静けさが、
かえって5人の異質さを際立たせる。おせちは礼を言いながら、膝の上で強く拳を握りしめた。
特別待遇への居心地の悪さではない。その胸を締め付けていたのは、母の変貌だ。
かつての尊であれば、待ち時間がどれほど長くとも、泰然として、本に目線を落としていただろう。
だが現在の彼女は落ち着きを失い、待つことも我慢することもできなくなっている。
その残酷きわまりない変化が、病院という殺風景な空間でより一層浮き彫りになり、
娘たちの心を締め付けた。




