issue#06 I I I Little Talks CHAPTER 02 12
「ヒヒッ……!」
笑いのほうが、刃より先に出た。目出し帽の口のあたりが歪み、
そこから空気の抜けるような音が漏れるのと、リーダー格の男が右手を懐へ潜り込ませるのが、
ほとんど同時だった。
男が引き抜いたのは、バタフライナイフ。手首をひと返しすると、2枚に割れた柄が虫の翅を畳むような手際で表裏を入れ替え、かしゃり、と掌の中で1本の刃に組み上がる。
安っぽい金属音が高い天井まで昇り、反響ひとつ返してもらえないまま、
荒らされた広間のどこかで消えた。
開いたままの戸口から流れ込む夕暮れの残光が、起き上がったばかりの切っ先を、細く舐める。
「……オイ。テレビじゃどんだけ強かろうが、刺しゃあ血ィ出んだろ?なァ?」
男は嘲笑ごと、その先端を、逆光に沈んだ4つの輪郭へ差し向けた。
雪を抱くほどの高山に画鋲を1本かざして、そこを動くなと申し渡すような構図だった。
「……おい待て、待てって!話が違うだろ!?」
仲間の1人が、血相を変えて腕を伸ばす。届く前に、もう1人の腕も同じ高さまで上がった。
「しまえ!しまえって、バカ!!」
だが――時間切れになったのは、宙で伸びきった2本の腕のほうだった。
「……ごめんなさいっ!」
逆光の4つの輪郭のひとつ、さなが、腰から上を真下へ折る。90度。定規でも当てたような、
どさりと重い一礼だった。白髪が遅れて肩を滑り落ち、流れの軌跡をそのまま空中へ描いて、
戸口の光を細い束のまま連れていく。提げたままの鞄が、振り子の要領で前へ跳ねた。
ためらいは、その動作のどこにも混じっていない。
――ドォッッ!!
それと同時に、強大な意念が炸裂した。
霊的な知覚を持たない目には何ひとつ映らない。空気は空気のまま、板の間は板の間のまま、
そこにあるだけだ。だが確かに、少女の背からは、ドス黒い紫色の波動が生まれていた。
それは彼女を中心に、球状へと膨らむ力だった。本堂の大気を、複雑に入り組んだ柱梁の間を、
玄関口と戸口を、入口の古い賽銭箱を――念動力は広間の内外を、隅から隅まで、
拭い残しひとつなく駆け抜けていく。男たちが好き放題に捺していった泥の足跡の上も、
その思念はくまなく舐め取っていった。
腰の折り方は礼儀作法の教本どおりで、そこから出てきたものだけが、教本のどこにも載っていない。
常日頃、彼女たちが正面から向き合っているのは超人であり、怪異であり、桁の違う悪意だった。
その手合いの前では、この程度の小技に出番などない。
霊験の抽斗のいちばん手前、いちばん浅い段へ転がしたきり、使い道のないままだった1枚。
――ただし、常人の意識を刈り取るというその1点においてのみ、それは過剰なほどに足りていた。




