issue#06 I I I Little Talks CHAPTER 02 09
「……ママ……」
立ち上がったまま行き場を失ったはちるの声だけが、小さく、畳へ落ちる。
残された4人は、動けなかった。
床に散らばって冷えていく唐揚げ。壁を伝った飛沫の跡は、もう縁のほうから乾きはじめ、
黄色い染みの輪郭をくっきりと浮かび上がらせていく。片付けるべきものは目の前にいくつも転がっているのに、誰の手も、膝の上から離れなかった。
「……なんだったんだよ、今の……」
アシュリーが、閉じた障子を見つめたまま呟いた。幽霊でも見たような目つきで、瞬きを忘れている。
「あんなキレ方する人だったかよ……今まで、1回だってなかっただろ」
「うん……。おかしいよ、おかーさん……」
さなは泣き出す寸前の顔で、自分の袖口をきゅっと握り、身を縮めた。座ったまま、
ひと回り小さくなってしまったように見えた。
「……これ、ただのギャンブル依存症ってだけじゃ、ない気がする」
おせちが、青ざめた顔のまま言った。視線の先には、白い襖。紙1枚の薄さの向こうへ母は消えたのに、その1枚が、今夜はどこまでも分厚く、遠かった。
母の瞳の奥で、理性の灯りが、ひとつ、またひとつと消えていっている。あれはきっと、
もっと大きな何かの前触れだ――言葉にならないその予感が、
氷の欠片を飲み下したような冷たさで4人の胸へ沈み、いつまでも溶けずに残り続けた。




