issue#06 I I I Little Talks CHAPTER 02 06
「……え?」
音が、遠のいた。
夕餉の匂いも、遠くの子供の声も、袋のかさつきも、すべてが1枚膜を隔てた向こうへ引いていく。
さなの体は完全に静止していた。普段はふわふわと頼りないはずの爪先が、
今は根の生えたように地面を掴んでいる。
「それはもう、すごい形相でねぇ。空になった箱を、いくつも高ぉく積み上げてらして……ふふ」
婦人は口元に手を当て、微笑ましい思い出話のように続けた。
「ヒーロー、さん?にも、たまには息抜きが要るものねぇ。余計なお世話かもしれないけど、
ほどほどに、って言っておいてちょうだいな」
「あ……はい……」
さなは口の端だけで曖昧に笑い、どうにかその場を取り繕った。出てきた声は、
自分でも驚くほど平べったかった。
「もちろん、さなちゃんたちもよ?あんまり無理しないで、たまにはゆっくり休んでね」
「あっ……はい!ありがとうございます!」
最後だけ、練習してきた挨拶のような元気さが出た。婦人にはそれで十分だったらしい。
柔和な笑みを湛えたまま、会釈をひとつ残し、夕闇の坂を下っていく。
さなは、遠ざかるその背中へ深く一礼した。頭を下げている数秒のあいだだけは、
表情を作らずに済んだ。
(おかーさん……。行かないって、昨日、あんなに約束したのに……!)
顔を上げた頃には、街はまたひと回り暗くなっていた。胸の底では、冷たい澱のようなものが、
ゆっくり、ゆっくりと湧き上がっては広がっていく。悪気のかけらもない世間話が、
どうしてこんなに重いのだろう。気づけば、忘れていたはずのレジ袋の重みが一度に腕へ戻ってきて、
ビニールの持ち手が、指のはらへ深々と食い込んでいた。




