issue#06 I I I Little Talks CHAPTER 02 03
「……ちょっと前まで、あんなにしっかりしてたのにさ」
尻尾が、力なく床へ垂れた。
「今のママって、ただの『ダメなニート』だよ……」
「なんとでも言うがよい。わしは今な、3000年ぶんの勤労のツケを、
まとめて回収しておる最中なんじゃ」
尊は悪びれもせず、チップスを1枚、箸の先で優雅につまみ上げた。
それから、ちょうど席を立ったアシュリーの背中へ、思い出したように声を投げる。
「おおそうじゃ、アシュリー。ついでにマヨネーズを取ってくれ。今から味変を試すぞ」
「自分で取れって!目の前だろ、そっから手ェ届くだろが!」
振り向きもせず怒鳴り返すアシュリー。その言葉の通り、マヨネーズの容器はベッドの鼻先、ちゃぶ台の上に堂々と鎮座していた。上体を起こし床に地を足をつける労力すら、今の家長には惜しいらしかった。
威厳は消えた。神性は蒸発した。築き上げるのに3000年を要したものを、
取り崩すのに3日とかからなかった。吉濱尊の「隠居ライフ」は、娘たちの頭痛の種を日ごと着実に太らせながら――怠惰と快楽をなみなみと湛えた、底なし沼のごとき安息として、完成へ近づきつつあった。
*
「……ねえ母さん。今月、これでいくら負けたと思ってるの?」
夜の帳が下りたリビングルーム。卓袱台の上、家計簿と共に尊の財布から抜き取ったばかりの大量のレシートが叩きつけられる。うずたかく積まれた紙片の山が物語る事実は、単なる浪費の記録という枠を超えていた。それは吉濱家の台所事情に対し、回避不能な死刑執行命令が下されたことを意味する。
「……む。た、たかが紙切れ数枚の話ではないか」
尊はバツが悪そうに視線を彷徨わせ、ポテトチップスの袋へ指先を這わせようと試みる。
だが、その現実逃避はアシュリーによって遮断された。乾いた音が響き、
伸びかけた手が叩き落とされる。
「『たかが』じゃないだろ!母ちゃんがスッた金で、ウチらの食費と光熱費が消えてんだぞ!今夜のオカズ見ろよ。モヤシ炒めだけだぞ!?育ち盛りの家の食卓がこれでいいのかよ!」
「案ずるな。わしらには蓄えがある!こんなものはいくらスろうと遊び金に過ぎん」
実のところ、吉濱家には莫大と呼ぶに相応しい財の蓄積が存在した。
それは家長たる尊が、常識を遥かに凌駕する錬金術によってもたらしたものだ。
端的に言えば、彼女は神代より続く己が「長命」、それそのものを究極の金融商品として運用していたのだ。




