issue#06 I I I Little Talks CHAPTER 02 02
かつて魔を祓い、星を鎮めた神通力は、健在といえば健在だった。問題はその使い道だ。
布団から指1本出さぬまま、座敷の隅のリモコンがついーっと畳を滑って枕元へ吸い寄せられる。
廊下では、冷蔵庫を抜け出した缶ビールがふよふよと低空飛行で自室を目指し、
すれ違ったさなが二度見をして、それから長いため息をつく。3000年ものの霊験の、
あまりにも安い献立だった。
日が高くなれば出勤だ。行き先は駅前のパチンコ店「ニューベガス」。
彼女はそこを新しい執務室と定めていた。開店前の列に和装の小柄な影がちょこんと混ざり、
扉が開けば常連たちと肩を並べて目当ての島へ直行する。新台の挙動に眉を寄せ、
隣の台のファンファーレに舌を打ち、ドル箱を積んでは、崩す。積んでは、また崩す。
勝った日は上機嫌の出前で食卓に寿司桶が乗り、負けた日は安酒の匂いと一緒に、誰に向けるでもないクダが茶の間に巻かれた。吉濱家の夕餉の格は、いまや釘の開き具合で決まっていた。
「……ええい、回らん回らん!この台、釘が渋すぎるじゃろうが!」
ある日の午後には、銀玉の雨音と電子音の洪水のただ中で、台を平手で叩く怒声が上がった。
「おい、店長を呼べい!わしを誰じゃと思うておる、神じゃぞ!?出さんと祟るぞ!」
「お客様、おやめください!他のお客様のご迷惑になりますので!」
駆けつけた店員に両脇を抱えられ、神は台へ縋りつく指を1本ずつ引き剥がされながら、
通路を搬出されていく。周囲の客は、誰ひとり顔を上げなかった。
盤面と向き合う者たちの集中の前では、神の祟りの宣言も、環境音のひとつに過ぎなかった。
景品の駄菓子を胸いっぱいに抱えて帰宅すれば、そこから先ははちるの部屋のベッドが玉座だった。
横倒しの姿勢でクッションを独占し、ポテトチップスの袋へ箸を突っ込む。
指を汚さぬためだけに発揮される、妙なところで律儀な作法だ。
画面のワイドショーへは、コメンテーターが何か喋るたび、合いの手代わりの悪態が飛んだ。
玄関の戸が開き、学校帰りのはちるが顔を出す。その惨状を捉えるなり、
頭の上の獣耳が、ぺたりと伏せられた。人の寝床でだらしなく波打つ母を、
彼女はしばらく無言で見下ろし、胸の底までさらうような深いため息をつく。




