issue#06 I I I Little Talks CHAPTER 02 01
隠居を宣言した、その舌の根も乾かぬ翌朝から――吉濱尊の暮らしぶりは、音を立てて崩れはじめた。
堕落というものは普通、階段を1段ずつ降りるように進む。だが彼女のそれは違った。
底の抜けた井戸へ石を落とすような、途中経過というものを一切挟まない自由落下だった。
午前11時……。
ガラガラ、と雨戸の走る音が、寝室の薄闇を横一文字に切り開いた。
畳の上へ白い光の帯が伸び、舞い上がった埃がその中できらきらと踊る。
帯の先には、こんもりと盛り上がった布団の丘。
「おかーさん、朝だよー!……って、まだ寝てるの!?」
ふわりと敷居を越えて入ってきたさなの声に、丘がモゾ、と動く。
「う゛ぅ゛ん……」
地鳴じみた唸りをひとつ挟んで、頂から白いものが突き出た。
寝癖という寝癖が好き放題に暴れ、咲きかけのまま凍りついた白菊の花火のような頭だ。
続いて、あくびを噛み殺した女神の顔が現れる。
「……ええい、うるさいのう。隠居人にはな、二度寝こそが至上の公務なんじゃ。妨げるでない」
声だけを寄越して、顔はもう枕へ沈みかけている。さなは腰に手を当て、丘のふもとへ詰め寄った。
「もうお昼だよ!?今日、ゴミ出しの日だったんだよ!?」
「ゴミなぞ……原子ごと分解してしまえば、よかろう……ムニャ……」
「げ、原子……?」
スケールの大きすぎる寝言を残し、白い頭は亀のように布団へ引っ込んだ。丘は再び閉じ、
以後どれだけ揺すっても、「あと5分……いや、あと3時間じゃ……」という一方的な交渉を返すだけになった。




