issue#05 I I I Why Can't We Be Friends? CHAPTER 05 72
戦勝を祝う席ではなかった。
祝うという行為には、勝った側がその事実を噛み締めるだけの余裕がいる。
しかしあの戦いは――ナノマシンの潮が退いてからまだ数日しか経っていないというのに――もう何年も前の出来事のように輪郭がぼやけ始めていた。
何が勝利で何が日常への帰還なのか、当事者たちにすら判然としない。
だから彼らには、あの日に起きたことを言葉に落とし、「あれは終わった」と確定させるための時間が必要だった。事後処理の書類。星間条約に付随する覚書。
そうした事務的な積み上げが、この集まりの骨格だ。――ただし、赤道直下の太陽が容赦なく照りつけるテラスに、冷えた飲み物がいくつも並び、
誰が用意したのか軽い食事まで添えられている光景を、純然たる事務と呼ぶには少し無理がある。催しと言い切るには地味だが、
事務と言い切るには温かすぎる。その中間のどこかに、この寄り合いは収まっていた。
復元されたニュー・ジャマメの街は、ひどく綺麗だった。白銀の外壁を持つ曲線美の塔が赤道の陽光を浴びて眩く並び、再建された軌道エレベーターの白い直線が、
何事もなかったかのように天頂を突き刺している。割れた窓ガラスも、焦げた壁面も、めくれた路面も、一切ない。
グリーン・グーによる修復はあまりに完璧で、戦場の記憶を物質の側から根こそぎ消してしまった。傷痕を持たない戦場跡は、かえって他人の家のように馴染まない。
集まった顔ぶれは少なかった。吉濱家の面々と、地底から上がってきた2人の元支配者。それだけだ。
世界中の耳目が「星間条約」だの「準加盟」だの「テクノロジー移転」だのという見出しに吸い寄せられているこの数日は、名もない私的な寄り合いにとって好都合な死角だった。
テラー・スクワッドの3人は、来なかった。
正確には、もう地表のどこにもいなかった。戦後の混乱を煙幕のように纏い、ぬるりと世界の視界から滑り落ちた連中だ。
当局の情報網も報道の嗅覚も、その尻尾を踏むことすらできなかった。逃走の手際と生き延びることへの執念だけは――他に何を欠いていたとしても――あの3人を一流と呼ぶに十分だった。
「……地上の空気ってのは、どうにも肌に来るな」
テラリアキングが、ごついリングをはめた指先でサングラスの位置をずらし、赤道の日差しに目を細めながら零した。
しゃがれた声がテラスの床を低く這い、テーブルの脚にぶつかって消えた。
その言葉の下には、表向きの不満よりずっと広い荒野が畳まれていた。征服欲。闘争の歓び。版図を1つ塗り替えるたびに胸を灼いてきた、
かつての猛々しい興奮。そのすべてが一夜にして色を失った男の横顔は、怒りでも悲しみでもなく、倦怠に近かった。
長年使い込んだ道具を、ある朝ふと手に取ったら興味がなくなっていた――そういう、説明しがたい喪失だった。
隣のテラリアクイーンは無言だった。あの巨躯の本体――赤い結晶人の姿が、テラスの一角に重たく収まっている。冷ややかな目が、
修復されたビル群の列を端から端までゆっくりとなぞったが、何の感慨も拾わないまま戻ってきた。品定めでも値踏みでもない。
もう興味がない、という事実を、視線の軌跡だけが淡々と証明していた。
「……俺らは地底に帰る」
テラリアキングが、銀の縁取りが走る長い髭を1回だけ掻いた。宣誓にしては声が低すぎ、独白にしては聞き手を意識しすぎている。
「約束だ。地上にゃ、もう手ぇ出さねえ。……ヨルシカになんとか頭を下げてよ、あっちで静かに余生をやらせてもらうさ」
不可侵の宣言。かつてメタルスラッグを駆り、デスワームの背で地上に牙を剥いた王の口から出た言葉にしては、
あまりに重量がない。だが、その軽さの底に、取り繕う気力すら手放した剥き出しの正直さが透けている。
余生、と彼は言った。地底の専制君主からその単語が出る日を、この場の誰も想像してはいなかったはずだ。
テラリアクイーンの喉の奥から、短く低い音が洩れた。同意でも嘲笑でもない、地鳴りに似た一声。それ以上は何も加えず、彼女は夫に並ぶようにゆるりと身じろぎした。
去り際に儀式めいたものは一切なかった。握手もなければ抱擁もない。惜別の台詞すらない。来たときと同じ唐突さで、
地底の王と女王は背を向けた。重い足音が遠ざかり、テラスに残ったのは、その振動の名残と、それを呑み込むように広がる赤道の乾いた風だけだった。
……。
数秒の沈黙が降りた。
カルテット・マジコの4人が、ほとんど同時に顔を見合わせた。この星の命運を左右した王と女王の退場劇が、
回覧板を届けに来た隣人の帰り際ほどの重量感しか残していない。あまりの落差に、全員の反応が半拍遅れた。
「……随分あっさり帰っちまったな」
沈黙を割ったのはアシュリーだった。後頭部で両手を組んだまま大きく体を反らし、王族が消えた方角をぼんやりと眺めている。
拍子抜けの色が声の端ににじんでいたが、口元はほんのわずかに緩んでいた。暴君たちの去り際にドラマがなかったこと――それは、派手な一幕を覚悟していた彼女にとって、
むしろ心地よい裏切りだった。
「まあ、あれだけ好き放題やらかした後だからねえ。さすがにそろそろ引き際だと思ったんでしょ、あの歳になると」
おせちが片肘をテーブルに預け、結露の残るグラスの縁を指先で弾いた。ぴん、と短く澄んだ音がひとつ。その残響が消えるのを待ったかのように、
視線がすうっと横へ流れた。行き先の定まった、意味深な一瞥。
「……今」
尊の声が、空気の温度を落とした。
「わしのことを何か言うたか」
着物の袖口から覗く両手が、膝の上でゆっくりと握り込まれていく。おせちの視線の着地点を、尊は1ミリの誤差もなく読み取っていた。




