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カルテット・マジコ  作者: piku2dgod
Issue#05 I I I Why Can't We Be Friends?

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issue#05 I I I Why Can't We Be Friends? CHAPTER 05 73


「……おかーさん、あのね」

テラリアの王族が視界から消えた、その直後だった。見送っていたはずのさなが、不意に声の色を切り替えた。

遠慮がちに、しかし指先には震えるほどの力を込めて、尊の着物の袖を掴む。その引き方に、地球の命運とは別種の、だが本人にとっては同等に切迫した何かが滲んでいた。


「なんじゃ、どうした」

振り返った尊の目に、怪訝の色が浮かぶ。袖を掴む力は緩まない。さなは一度だけ唇を噛み、

言葉を探すように視線を泳がせた。それから――世界征服の阻止よりもなお切実に、自分の尊厳を左右する一大事を口にした。


「……進級のことなんだけど」


「進級、と?」

尊の眉がわずかに上がった。星間条約の覚書にもナノマシンの残滓にも動じなかった母の顔に、予想外の種類の困惑が浮かんでいる。


「うん……。あのね、宇宙にいた期間のぶん、出席日数がごっそり足りてなくて。このままだと……留年、しちゃう」

さなの声は、地球滅亡の危機を告げたときよりも、よほど切羽詰まっていた。「留年」の2文字は、グレイ・グーの脅威に匹敵する人生の危機なのだ――少なくとも彼女にとっては。


「でもね!校長先生がね、言ってくれて……!おかーさんが――保護者として『公認』さえしてくれたら、今回の全部を『長期インターンシップ』扱いにして、単位を出してくれるって!」

希望にすがるように身を乗り出すさなの背後で、残りの3人の反応がほぼ同時に割れた。


アシュリーが、これ見よがしにゆっくりと天を仰いだ。腹の底から絞り出すような、長い長い溜息。世界を救った直後に聞くのがこの話か、という呆れが、

呼気の1本1本にまで凝縮されている。おせちは片手で額を押さえ、やれやれと首を横に振った。

はちるだけは獣耳をぴくりと跳ね上げて目を丸くしている――「え、今その話するの?」と顔全体が語っていたが、その表情にはどこか温かい呆れも混じっていた。


「……ふむ」

尊は腕を組み、深く唸った。角のある横顔に、思案の影が落ちる。


「世界を救った対価が、試験免除の進級か。……ずいぶんと足元を見られたものじゃな」


「安くない!私にとっては命がけなの!」

さなが涙声で食い下がった。目の縁がうっすらと赤い。


「同級生に敬語使うなんて絶対やだ!おかーさん、お願い……学校に、ハンコ、押してくれない?」


「却下じゃ」

声に逡巡は1秒もなかった。岩盤に楔を打つような、容赦のない即答。


「えっ……!?」

さなの顔から血の気が引いた。膝から力が抜け、椅子の上で崩れかけている。世界を救った少女は、母のたったひと言で世界を失った。


「勘違いするな」

だが尊の声に、拒絶の棘は含まれていなかった。椅子から立ち上がり、

復元されたニュー・ジャマメの銀色の稜線に目をやりながら、厳格な母の横顔で言葉を継ぐ。


「わしは救済を受けること自体に異を唱えておるのではない。お前たちがやり遂げたことは、学生の本分をとうに超えた偉業じゃ。

学校がそれに応えるのは、むしろ当然のことわりじゃろう」

さなの瞳に、かすかな光が戻った。尊の言葉には、まだ先がある。


「……じゃがな。それを『インターンシップ』などと呼ぶのが、どうにも腑に落ちぬ。

社会勉強の延長で片付けるには、お前たちが流した血はあまりにも重い」


「え……?じゃあ、どうしたら……」

「堂々と、『世界平和維持活動』として単位を請求せい」

尊の口角が、不敵に持ち上がった。着物の袖をぴしりと払い、聖旨を読み上げる祭司のように胸を張って言い切った。


「備考欄にはこう書け。『全人類の守護者として、宇宙規模の脅威を排除したため』――とな。それくらいの胆力で臨まんでどうする。

わしの娘ならば、学校ごときに頭を垂れるでないぞ」


数秒の沈黙が落ちた。赤道の風だけが吹き抜ける。


最初に崩れたのはアシュリーだった。唇を噛んで堪えようとしたが、限界は一瞬で来た。椅子の背もたれに身を投げ、

声を上げて笑い出す。おせちは両手で顔を覆ったまま、指の隙間から苦笑を零している。はちるが椅子の上でぴょんと跳ね上がり、獣耳を全開に立てた。


「あはは!さすがママ!…‥書こー書こー!『宇宙最強のヒーロー活動のため』って!」

手を叩いて喜ぶはちるの背中で、尻尾までがリズムを取るように揺れた。


「……まあ、嘘じゃないしね。校長先生、腰抜かすかもしれないけど」

おせちが指の隙間から乾いた笑みを覗かせた。


さなは、ぽかんと口を開けたまま母の横顔を見つめていた。強情で、斜め上で、だけどどこまでも娘の誇りを守ろうとする、

この人らしい激励。その言葉がゆっくりと胸に染みてくる。こわばっていた頬が綻び、涙腺が一気に緩んだ。


「うん……!わかった。……私たち、胸張って言ってくるね!」

涙を拭い、大きく頷いた。


アフリカの穢れなき太陽が、テラスに集う5人の家族を、容赦なく照らしている。戦いは終わった。

明日からはまた、騒がしくも愛おしい日常と、書類を巡るささやかな戦いが待っている。


じりじりと暑い世界の中心で、5つの笑い声が、高く澄んだ空へと昇っていった。

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