Issue#01 I I I Don't Want to Set the World on Fire CHAPTER 04 23
……まさにそういった折、この建物に、誰の皮膚にも伝わるほどの圧力となって不可解な振動が迫った。
「何の音だ――」
それは、事務次官が訝しげに眉をしかめた直後のことだった。
太いコンクリート柱が林立する広い庁舎のエントランスへ、
――ドドォオオオ!!
瓦礫の嵐が突如として吹き込んだのである。
尊は即座に反応し、危険な位置に立っていた次官を背で庇う。
激しい粉塵と風圧が渦巻く中、ついでエントランスに飛び込んできたのは、互いの輪郭すら曖昧になるほど激しくぶつかり合う2人の超人、ハヴォックとホットショットだった。
どちらが攻めでどちらが守りかも判然としない、密度の高い格闘戦がたちどころに、この空間においても展開された。
「……去年の今頃は檻の中だった。だから今年の秋は存分に楽しむぜ!」
「おい何言ってんだ、あと5分後には今年もそうだぞ!」
規格外の肉体が火花を散らして床を転がり、ホットショットの蹴りがそこに重く突き刺さる。
分厚い窓ガラスがまとめて割れ、破片と轟音が一帯を覆う。
職員たちは一斉に悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。
「……セキュリティ!」
「わぁあーッ!」
人間の大きさにまで濃縮された災害同士がぶつかりあうような、常識を超えた戦いのただなか――
ホットショットの目が、宿敵とは別の、しかし彼女にとっては比類ない重要性を持つひとつの影を、ふと捉えていた。
「えっっっ!?」
「……アシュリーっ!!」
「母ちゃん!なんでここに」
「お前こそここで何しとるっ!」
「……観光だよ!」
「――うぉいッッ!」
瞬間、ハヴォックの大きな手がホットショットの足を掴もうと襲いかかる。
だが彼女は、急に閉じていく5指の水面から素早くつま先を引き抜き、
「ちょっなによっ!やめてくださる!?」
破廉恥なふるまいを非難する乙女のビンタの代わりとして、そこに回し蹴りを叩き込んだ。
バキィッ!
弾き飛ばされた肉厚な体が、ロビーの受付カウンターを押しつぶし、鈍い衝撃が建物全体にまで響きわたった。
*
待合の長椅子はどれも転倒し、自販機のボディはひしゃげている。
壁の崩落は連鎖し、白い石膏片がまだ舞い落ちるなか、石床はカルスト台地の岩さながらに切っ先を荒くしながらめくれ上がって、その擦れた断面はもはや天井の照明を反射しない。
職員たちの叫びや逃げ惑う足音が混じるなか、ホットショットと尊のふたりは、喧騒をものともせず、わずかの間だけ言葉を交わす。
「何をそんな白々しいことを言うとるんじゃ!」
「待て、動物園から逃げ出したこのブタが見えないか?シャカゾンビの仲間だよ、コイツ多分な!」
言うが早いか、カバの獣人の大きな影が炎の少女にのしかかった。双方がもつ絶大な腕力の割には子供っぽい掴み合いが始まったそのそばで、尊の両手がわずかに震え、空間の気配が変わる。
「仕方ないの……!」
彼女の掌の上で、淡く光の粒子が収束すれば、やがて金属光沢を帯びた2振りの七支刀がそこに現れたのだ。
「おたつ」と「たかき」――刀身には歴史の刻まれた紋様がわずかに脈動し、顕現の余韻が空気を、祭具のひと鳴らしめいて気高く震わせていく。
オールラウンダーは、白い長羽織の姿で端麗なはじめの数歩を踏み出すと、そこからは、目にも留まらぬ速度でハヴォックに斬りかかった。
ハヴォックの乱暴な腕の振り回しを両側からの攻撃が受け止め、
「しかし……こいつブタではなくてカバではないのか?」
「なんでもいいからやろうって!」
ここから、戦場の混沌は加速度的に極まっていく。
「グウオオォァア!!」
ハヴォックの丸すぎる腕が風を圧して振り下ろされれば、
オールラウンダーは低く身を屈めて刃を滑り込ませ、ホットショットは側面から高く跳び上がって拳を叩き込む。一撃ごとに床のタイルが割れ、ガラス片が舞い上がり、エントランスの全体が、3人の超越者以外、生命の存在は何も許されぬような場となっていった。
2人の攻撃を両腕で乱暴に捌き続けるハヴォックは、時には無理やり前進して反撃に転じもする。
「ほら、ここがお手付きじゃ!」
跳び上がったオールラウンダーの刀が彼の肩口に閃けば、ハヴォックはすぐさま肉に力を込めてこれを弾き返すのだが、
「任すぞ娘よッッ!」
「ああ!!」
こういった場面ではかならず、ホットショットの蹴りが下段から同時に送り込まれている。
「ぐッッッ!」
数の差は、ほどなくして両勢力の有利不利を明確に分けた。水平蹴りの直撃を受け、足筋に痺れるほどの痛みを感じたカバの男は、声を押し殺すしかなかった。
3者が入り乱れ、空間を縦横にせめぎ合う戦いが続く。
「ほら、ここもダメじゃ!」
その攻防の速さときたら、間合いが絶え間なく変化し、瞬きをする間にも全員の配置が一変するほどだ。
「……ほら後ろがお留守になっとるぞ!」
なかでも、ひときわ目を引くのは戦場に新しく加わったこの女人の立ち回りである。
十二単の鬼――オールラウンダーは、ホットショットと連携しながら、ハヴォックの周囲を絶えず乱舞した。
こまやかなバク宙と、その反発運動としての止むことなき跳躍、それらひとつひとつの動作に合わせて、
二刀流の七支刀は突きを軽妙に1発ずつ繰り出していく。だがそれは、相手を貫くためのものではない。
「……残念!それはフェイントよ!、もっと目を凝らして虚実を見極めいっっ!!」
と鼻で笑いながら、小手先の変化によって突然浴びせかけられるもの――
それは、ハヴォックがはじめ予期した太刀筋とは、まるで異なる角度からの柔らかな斬撃だ。
……剣士としてのオールラウンダーは、相手の攻撃にけして正面から応じることがない。
戦場という、あらゆる人間の激情がぶつかり合う場にあってさえ、彼女は、己の熱意や正直さを努めて敵に見せようとはしなかった。
ゆえに、その太刀筋は、力で敵をねじ伏せるためのものではなく、
「ここが甘い」「この受けが雑だ」とばかりに、稽古場の師匠が弟子をいさめるような、容赦のない指摘となって敵の失態を正確に突くのだ。
最後の決定打に至るその瞬間までは、淡々と、しかし執拗に、針の小さなひと刺しで相手の体力と意気をくじき続ける――それこそが、彼女の身に染み付いた長年の戦い方なのだった。
そして言うまでもなく、ホットショットの戦いぶりは、
この母の戦法に彼女特有の直情性を加えたものだ。
本人にその自覚があるかどうかはともかく、日々の薫陶を受けるうち無意識に選び取った型――そこには、親子の因果というものの抗いがたい連鎖が静かに刻まれている。




