Issue#01 I I I Don't Want to Set the World on Fire CHAPTER 04 22
その地下会議室の灯りは、昼光色でありながらもどこか沈んだ印象があった。
応接机の上には湯気を立てる白磁のカップが置かれ、背筋の伸びた防衛省の事務次官がそれにゆっくりと口をつけていく。
対面する吉濱尊は、膝上で組んだ手をほどきもせず、次官の動きを静かに見つめている。
ふたりの間にはただならぬ空気が漂っていた。
「……なるほど、吉濱さん。あなたが高天原の時代からこの国の歴史を見守り続けたことは承知しています。ウルジクスタンでの働きなど、省内では伝説とまで言われていましたからね。……もっとも、過去の武勲に頼るしかなくなった時点で、ご自分の政治的立場もお察しのことと思いますが……」
事務次官は鼻先で笑い、カップを静かに皿に戻す。
「……あなたが、この国が戦後の廃墟からどうにか立ち上がった頃から、独力で奔走し続けていたことも存じています。しかし、今日あなたが示すものは、国家の公式見解を揺るがすにはあまりに根拠が薄い」
「事務次官殿。奴はすでに動いております。もう目前まで迫っておるのです。東アジア全体を包む今の不穏な流れ、これは明らかに奴の仕掛け……」
「ですから、それは北朝鮮民主主義人民共和国の仕業です。具体的な指示内容は機密ですが、
公安も軍の諜報も、今まさに、かの国の動向を全力上げて追っている最中です。
その上で、シャカゾンビの復活などということについては、何ら痕跡を掴めていません。
……あなたも仰る通り、証拠がなければどうにもなりませんし、何より――
率直に申し上げて、神々のごとき立場の方々が、現代の人類の統治にこれ以上お口を挟まれるのはご遠慮願いたいのです。それは我々にとって迷惑以外の何物でもありません」
尊の眉がわずかに動く。
「証拠が揃う頃には、すべて終わっております。東京が燃えてからでは手遅れでしょう……!」
「それなら、ありがたい御札でも今すぐ撒いて、この国土をミサイルから守ってはいかがですか?」
精悍な面差しの残光をかすかに宿した、皺に覆われた顔。事務次官は醒めた色をそこに湛え、どこかつまらなさそうに口元をゆがめてみせた。
*
そのとき、会議室のインターフォンが鳴り響く。
「……失礼。応答させていただきます。」
立ち上がりかけた次官の腕を、尊が目で追う。
「エレベーターが来ます。どうぞ、ご一緒に」
無言のまま、2人は地階から上層階へと昇る。
だが、1階に到着した瞬間、空気が明らかに変化していた。廊下の向こうから複数の足音が走り寄り、制服の職員たちが慌ただしく動き回っている。
「……事務次官!」
広報連絡室の若い官僚が息を切らしながら駆け寄る。
「この市ヶ谷で……立て続けに爆発が発生しています。現場からは“カバのような人物”や“炎を操る者”の目撃も。超能力犯罪の可能性が高いです」
「……!」
尊は静かに目を伏せ、深く息をついた。
「……これが、わしの言うておったことです」
事務次官は無言で眼鏡を押し上げ、傍らの職員に命じる。
「警備を出せ。全域、対能犯警戒レベル3へ移行。衛星画像を即時更新し、どんな情報も取りこぼすな」
先ほどまでの皮肉は消え、声にはただただ緊張が浮かんだ。
(カバのような者はともかく、火を操る者か……)
歩く尊の脳裏に、思い当たる顔が即座に浮かぶ。あの子が動いたのだとしたら、事態はただの偶発で済むはずがない。
何か憂うべき事態が本格的に起こりかけている。




