issue#05 I I I Why Can't We Be Friends? CHAPTER 04 43
彼は箱を囮にして、無様に逃げ惑うしかなかった。『拾ってください』の願いは犬の爪に引き裂かれ、
泥水の中で踏み砕かれる。その残骸を背に逃げながら、彼は悟ってしまった。
あのアシュリーの言葉は、予言でも、高度な符丁でもなんでもない。
ただの、厄介者をからかうための、意地の悪い軽口に過ぎなかったのだと。
絶望に追い打ちをかけるように、雨脚が強まる。厚い鉛色の雲が、どことも知れぬ極東の都市を、
そして彼の心象風景を、逃げ場のない灰色1色に染め上げていった。
――郊外にかかる古びた鉄橋。その欄干の上に、ずぶ濡れになったマクロブランクが、
危うげなバランスで立ち尽くしていた。
雨粒が、保護膜を失った大脳皮質のシワを容赦なく打ち叩く。寒さはとうに感覚の閾値を超え、
思考回路は真っ白だった。眼下では、連日の雨で増水した川が、茶色い龍のようにのたうち回っている。
濁流が橋脚にぶつかる轟音が、今の彼には、すべてを洗い流してくれる安息の子守唄のように聞こえた。
「……計算、違いでちゅね」
彼は、虚ろな目で渦巻く水面を見つめたまま、雨音に紛れる声で呟いた。
「わちきはこの多次元宇宙で最強の存在だったはずでちゅ。あんなことさえなければ、
今ごろ自分の宇宙でヌクヌク暮らせてたはずだったんでちゅ」
触手が力なく垂れ下がり、欄干の冷たい鉄を撫でる。
「それなのに、なんで……こんなところで、野良犬に追われて震えているんでちゅか?ハヴォックたちに追い出され、地球人には石を投げられ、頼みの綱のあの娘たちも来ない……」
彼は、目をつむり、ゆっくりと身体を前へと傾ける。
重力の中心が、欄干の「こちら側」から「あちら側」へと寄っていく。




