issue#05 I I I Why Can't We Be Friends? CHAPTER 04 39
吉濱家の浴室。そこは個人宅の設備というより、小洒落た旅館の湯治場を縮小したような空間だった。
黒い石張りの床が濡れて鈍い光を返し、段差の設けられた総桐の湯船が、温泉の素をたっぷりと溶かした乳白色の湯をたたえている。バスタブの片隅、四角い鼓のような形状をしたアジアン・ライトが、湯気の向こうでぼんやりと輝いていた。
「……着弾」
「……判定、小破。沈まない」
湯船の中央。はちるとアシュリーが向き合っているのは、
プラスチックのカラーボールとラバーダックを艦隊に見立てた海戦ゲーム――などという、
楽しげなものではない。それは、先ほどの無力感とやり場のない鬱屈をプラスチックの塊にぶつけるだけの、陰鬱な儀式だった。
アシュリーが指先で弾いたボールが、黄色いアヒルに乾いた音を立てて衝突する。湯面が揺れ、
アヒルがバランスを崩すが、決して転覆はしない。そのしぶとさが、
かえって彼女たちの神経を逆なでする。
「……次。水雷弾」
「……効果なし。外れて避難船に当たっちゃった」
はちるが虚ろな目で、傾いたアヒルを指先でつつく。チャプ、と気の抜けた音が、
重苦しい空気に波紋を広げた。彼女たちは、ただ時間を殺すためだけに、
救えなかった何かを投影した玩具を弄んでいる。
対照的に、湯船の隅。おせちとさなは肩まで湯に沈み、壁に備え付けられた液晶テレビを凝視していた。
明るいトピックが終われば、画面に映し出されたのは、今も世界のどこかで繰り返されるデモとその鎮圧の光景だ。
「自由を!」
デモ隊の悲痛な叫び。 呼応するように、足元のアスファルトが銀色の流体となって隆起し、
巨大な顎と化して彼らを捕食する。ナノマシンによる都市の再構築。
そのシステムは住民を守る外殻の機能を捨て、反逆者を消化するための胃袋として駆動していた。
「……手詰まりだね」
おせちが、濡れた指で額の水滴をぬぐう。その視線は画面の惨劇を射抜いているが、
瞳の奥には焦燥の色が濃く滲んでいた。
「私たちが動けば、シャカゾンビは即座に全人類を人質に取る。私たちが敵の中枢へたどり着くよりも早く……何億の人たちが、あの銀色のヘドロの中で、今度こそホントに消化されちゃうことになるよ」
おせちの言葉で、風呂の湿った空気は耐え難い毒性まで帯びたかに見えた。彼女たちがすべきことは、ただただ現実の再認識だった。会話が途切れた浴室。ぽつんと天井から雫が落ち、水面を揺らす。




