Issue#01 I I I Don't Want to Set the World on Fire CHAPTER 04 17
……けれども彼女に休む間はない。
炎を纏って飛翔する視界に、そのそばから新たな危機が割り込んだ。
「ハッハーッ!受け取ってくれやぁ!!」
裂帛の叫び声が空を切り裂くと同時に、この高さまで跳躍してきた影があった。
言うまでもなく、ハヴォックだ。
その巨躯が空中に躍り出た瞬間、ホットショットの目は反射的に、彼の両腕へと吸い寄せられた。
何かを、担ぎ上げている。
両掌がしっかりと支えた、途方もなく大きかった。銀色の鈍い光沢を放つ、長大な胴体。見間違えようもない。タンクローリーだ。
どこから引っ張り出してきたのか、あるいはそこに走っていたものをそのまま掴み上げたのか――いずれにせよ、数十tはくだらない鉄の塊を、彼は気軽にオモチャとして扱っていた。
そしてホットショットの視線が運転席へ向いた瞬間、息が止まった。中に、人がいる。
ドライバーだった。まだそこに座ったまま、蒼白な顔でこちらを見ていた。
「ッッ……!おいおいおい、それはマジでやめろ!!」
ホットショットの全身つつむ炎が、瞬時にざわめく。だが、次の瞬間、ハヴォックの腕はすでに振り抜かれていた。
巨大な車体が空を裂き、重低音の唸りを上げて放物線を描きながら迫る――!
アスファルトの路面には、目を見開き口をあんぐりと開けて、首を反らして空を見上げる群衆がひしめいている。
凍りついた表情、硬直した身体、動かない足。今の彼らの頭には、おそらく「逃げる」という選択肢が存在しない。
(――避けるわけにはいかなさそうだな!)
だが、ホットショットの“計算力”は、こうした極限の瞬間にこそ研ぎ澄まされる。
「よし、まずはアンタだ!」
ホットショットは光の反射めいた直角の飛行を連続させ、瞬く間にタンクローリーの側面へと回り込んだ。激しい風圧の生じるほどの勢いで身体を1回転させれば、飛び蹴りの姿勢で急降下する。
車体の軌道と隣接するビルの窓、その交差の瞬間、ホットショットはためらいなく車内へ飛び込み、
ドガッ!
燃える足で硬直した運転手の肩を蹴り飛ばす。
「文句と請求は、空縁の吉濱家に頼むな……っ!!」
運転手の身体は直線的に吹き飛び、ふたつの窓枠を連続してくぐり抜ける。
次の瞬間にはビルの室内――事務机の上へ落下し、割れたガラスと悲鳴、そして舞い上がる書類がそこに乱れ飛んだ。
「セーフっ……!!」
ひとまずそう呟いた彼女は、息をつく間もなく、
「……でこっちだ!」
即座に身をひるがえす。
一難は去ったが、地上に向かって落下を続けることにはなんら変わりない金属と可燃物の塊――タンクローリーを見据え、
全身のバネを解き放つように、一瞬で距離を詰め直す。
その瞬間、彼女のプラズマエネルギーは内側から外殻へと一気に膨れ上がり、赤く半透明な皮膚の下では閃光が血脈のように流れながら明滅する。
トラックの横長い巨体を追って、力を解放したホットショットは低い姿勢で飛び続けた。
一気に加速すれば彼女の体はそのまま1条の荒々しい光と化す。そして、車体の脇腹をなぞるように追い抜きざま、腰をひねり、溜め込んでいたすべての力を振り出した右脚に伝えていく。
放たれた回し蹴りが、赤白い足尖とともに、車体の鋼板に着水し、
プラズマの奔流が金属表面を這い、きめ細かい閃光の毛羽立ちをどこまでも作り出していく。
この猛烈な突入によって、すさまじい運動量を保つがまま、トラックは車高の真ん中で寸断され、断面からは高温の火先が吹き上がって、それと同時に爆発的な反応が起こる。
瞬間、トラックは空中で巨大な火球となり、街区全体を揺るがす大爆発と化した。
車体は無数の破片となって八方に飛び散り、赤と黄と白の炎が抽象画のように入り混じった爆風が
ビルの壁面を舐めるように駆け上がった。
圧倒的な風圧が街灯の支柱をへし折り、金属の軋む音は一帯のどこからでも響いた。縦揺れの振動は地面を伝わり、数ブロック離れた地下鉄のホームのタイルにまで亀裂を走らせるほどだったのである。
炎の渦は高層ビルの屋上をも超えて空にまで届き、昼間でもないのに、爆発の光で一帯が一瞬白く染まり、そのしばらく後に取り戻された世界の正常な明るさは、あまりの落差に、夜がたちまち訪れたかのような錯覚を人々の目にもたらした。
煙と熱波が街を包み込み、どこまでも並ぶ車のアラームが一斉に鳴り響いた。
*
ホットショットの身体は爆風に弾き飛ばされ、空中で何度も回転しながら、
あたかも人形のように手足をしならせて軌道を乱した。
しかし、やがて身のこなしを巧みに立て直し、辛うじて地上すれすれの高度で制御を取り戻す。
「はああ~~~……おい! 次からこういうのは家の風呂場でアヒルのオモチャ使ってやれよ!
16になった今でも私は毎日やってるからな。そのおかげで現実の街をぶち壊そうなんて思ったことは一度もない!」
悪態をつきながらも、反撃の姿勢を整えた彼女の背には、再び炎が推進力となって燃え上がる。
そして、彼女が勇敢に離陸する刹那を、火の粉を浴びるほど至近で見上げていた群衆は、
ここに至ってようやく「身を隠さねば」と本能的に悟ったらしい。
ある意味で健全な混乱が――はじめてそこに起こりはじめたのだ。




