Issue#01 I I I Don't Want to Set the World on Fire CHAPTER 04 13
……カバの獣人、ハヴォック。彼の全身にみなぎる猛進の勢いは、今や明白に、この過密きわまる
東京都心の交通動線を圧倒していた。
信号の赤は、あたかも存在しないかのように扱われ、
行き交う自動車たちは、その巨躯の前にまるで紙細工のように機能を失っていた。
ひとつの、遠景のアングルでしかその全容を捉えきれないほどの大跳躍――それに合わせて、
重心を横へなめらかに滑らせていくハヴォックは、乗り移った先の高架高速道路を、
両足での着地に合わせ、いきなり粉砕してみせた。
分厚い舗装面が砕け王冠状に飛び上がり、鉄骨の継ぎ目まであらわになった。アロハシャツを着た黒茶い大男は、自分のせいで崩れだした足場のことなど気にも留めず、真っ直ぐ突進を続けた。
高下駄のかたちをした道路を、縛り上げていくかのような炎の線を描きながら、ホットショットも、それと同じ高度にまで昇り詰めていく。
「お前、ジャングルブックに出てなかったか?」
並走しながら投げかけられたその言葉には、ただならぬ戦場にあって、まるで散歩の途上で口にする冗談のような余裕が感じられた。追撃のさなかでも軽口を忘れないその胆力は、まさしく天性のものだ。
「なるほど、2足歩行のカバってのは案外どこにでもいんだな!」
ハヴォックが吠えるように返すと、うなる腕が斜め後方の空を裂く。
返答と同時に振るわれたその1発に、ホットショットは突進の流れをきっぱり断ち切り、全身にたぎる勢いを収束させる。次の瞬間、制動の力をそのまま生かし、チャージした炎を疾風のごとく撃ち放った。
互いの技が空中で激しくぶつかり合い、ひと瞬きほどの間に、炸裂した炎の玉が宙を満たす。
その余波の規模が想像を超えたことで、ホットショットのシルエットが一瞬、
「ちっ……!」
消えかかるほど後方へと大きく膨れ上がった。
その隙を突いて、ハヴォックはすでに動き出している。
彼に、ここを決戦の場とする意志はないようだった。
両脚に全体重をあずけた爆発的な踏み込みで、地面を割る勢いで加速し始めたのである。
「チョマテヨ!」
思わずキムタクのマネめく声が出てしまったホットショットも、
かざした手から丸い火弾を1発、2発と繰り出しながら、果敢に後を追う。
しかしその巨身は、まるで小型の移動要塞のよう常に盤石だった。
懐に入ればはね飛ばされ、距離を取れば街や車ごと潰して進み、彼女の牽制射撃が肩や背中をかすめても、赤い光がただ弾け、余熱の斑点を束の間残すだけ。
その、腕が太すぎてどうしても乱暴にならざるを得ないランニングフォームは、いささかも揺らぐことはなかった。
空間の主導権を奪われている以上、攻勢に転じる糸口すら見えない。
そうした小さな「攻めあぐね」の感覚がじわじわと彼女のなかに蓄積し、現実の追撃にもわずかな遅れが生じ始めていた。
(なら――)
飛行の最中、頬を叩いてすばやく思い直したホットショットは、このもどかしい流れを断ち切るべく、ひとつの大きな賭けに出る。
「……おいッッ!!!」
工夫もなく、敵めがけて頭から全身をぶつけていったのである。
炎に化身した彼女の体は、本来不定形の構造に霊力由来の斥力をまとわせることで、物を掴む時や、こうした突撃の瞬間には強固な実体を獲得できるようになっていた。
「なッッ……!!?」
火矢よりも直情的なそのタックルに、ハヴォックの威容が、霞むほどの速さで吹き飛ばされる。
2人はそのまま地面を巻き込んで激しくもつれ合い、火花を立てながらアスファルトを滑った。
そして次の瞬間、
立ち上がりざまのパンチは、
バキィン!!!
いきなりのクロスカウンターとなって、汗と火の粉に、蝶の羽を彷彿とさせる対称の図を描かせる。
けれどもふたりは、そんな極限の衝突さえもただの序章とするほど壮絶な殴り合いへと、そのまま身を投じていくのだった。




