issue#04 I I I Tales from Topographic Oceans CHAPTER 05 15
ついに―― オーシャンマンは立ち上がった。
ただ「立つ」。 彼にとってはほんの手始めにすぎぬその挙動が、
星の薄皮にしがみつく羽虫のごとき生命には、終焉の合図となる。
胴が捻られた余波だけで、空気が縦に裂け、天蓋の光が散り散りになった。白昼の太陽と、
真夜中の闇が、瞬きする間隔で入れ替わる。明と暗のストロボが世界をまだらに染め上げ、網膜を灼く。
足元の影はデタラメに踊り、海面を無数の光の帯が走る様は、壊れた映写機が映し出す悪夢のフィルムのようだ。
星の喉から放たれた産声が、大気圏を突き破って真空へ突き刺さる。舞い上がる砂塵。
鼻腔にへばりつくのは、何億年も眠っていた土の乾きと、焼け付くような鉄錆の風味。
……ホットショットの喉が、音もなく干上がった。怖いのではない。目の前の光景が、「敵」や「怪物」といった言葉についての、既存の認識を内側から食い破り、更地にしていく。
「……これは、終わったかもしれないな」
いつもの彼女なら、こんな死地でこそ軽口の1つも叩いただろう。だが、喉元まで出かかった皮肉は、声になる前に乾いた砂となって崩れ落ちた。吐き出したのは、熱のない呼気だけ。
眼前に立ち上がったのは、敵などではない。ただの天災ですらない。星そのものが、
人のかたちを真似て動いている。その理不尽なスケールを前にしては、
虚勢など何の足しにもなりはしない。
彼女はただ呆然と見上げるほかなかった。地殻が悲鳴を上げ、海が沸き立ち、
世界の「在り方」が根本から書き換えられていく様を。
天地の概念さえ溶け落ちた混沌。ホットショットは、己が睨む1点のみを「前方」と決めつけ、爆発的な推力で虚空を蹴った。波の峰が山脈となって天を突き、砕けた島々が豪雨のように降り注ぐ。
迫る岩塊は1軒家などというサイズではない。彼女は紙一重のバレルロールでそれをすり抜け、
弾ける水飛沫を足場に変える。足裏で炸裂させた炎が空気を殴りつけ、その反動だけを頼りに、
崩壊する世界を縫い進む。
視界の隅で、「水平線」と呼ばれていた線がひしゃげ、意味を失っていく。
渦巻く海と、めくれ上がった大陸が、歪んだ殻となって後方へ置き去りにされる。
そうして――ついに彼女は、オーシャンマンの瞳――あるいは眼窩にあたる高度へと到達した。
背後に広がるのは、空気の層を剥ぎ取られた宇宙の真なる暗闇。その手前で、太陽が遮るものなく白く燃えている。立ち昇る蒸気が逆光を吸い、彼の輪郭に、神々しい光背を描き出す。輝きの向こう、継ぎ接ぎの岩盤で象られた貌と、それを濡らす海水のヴェール、纏わりつく雲が、輪郭のない抽象画のように混ざり合っていた。




