issue#04 I I I Tales from Topographic Oceans CHAPTER 05 09
「どしたの、ストームジー!?」
「外だ……この海底都市の外縁に、急激な海流が生じ始めた!今、私の全霊をもって圧力に抗っている……!」
ストームジーは苦悶の表情を浮かべ、はちるの問いへ辛うじて声を絞り出した。
「ありがたいね、洗濯物溜まってたんだよ!……ストームジー!そのまま抑えとけ、私はいっぺん外を見てくる!」
ミーティスの腰ポケットに入った呪符――それを、さも自分のものであるかのよう当たり前に抜き去ってから、ホットショットは迷いなく水を蹴った。紅蓮の推力を爆発させ、圧縮された炎の尾を引いて都市の空を斜めに裂く。半透明の膜を突き抜け、彼女は死地そのものである激流の只中へ身を投じた。
「無茶だアシュリー! この水圧で制御を失えば、君とて圧壊するぞ!」
ストームジーの悲鳴にも似た警告は、重たい水音と振動にかき消される。
沸き立つ泡の迷宮に吞まれた瞬間、天地の区別などは早々に意味を失った。全方位から押し寄せる水圧が、見えざる鎚となって全身を打ち据える。
五感を狂わせる濁流の中、頼れるものは己の平衡感覚と炎の噴射角だけだ。迫り来る水の壁を肩で受け流し、背で滑らせ、わずかな隙間をこじ開けて進む。
通過した空間では、放たれた高熱が海水を瞬時に沸騰させた。生じた無数の気泡は白い航跡となって伸びるが、それも狂った水流に揉まれ、またたく間に千切れて消える。その儚さこそが、この領域の過酷さを証明していた。
幾重にも重なる水流の網を食い破り、ホットショットはついに渦の外縁へと躍り出る。
開けた空間、その瞳に映ったもの。それは、想像を絶する破壊の景色だった。
「……嘘だろ?おい、聞こえるか!?壁だよ!」
ミーティスの呪符へ叫びを預け、ホットショットは顔を上げた。
眼前に広がる光景は、海という概念を根底から覆している。
視界のすべてを埋め尽くすのは、空と星の底とを繋ぎ止めていたあの褐色の断崖。水平線の彼方にあったはずの陸地が、地殻ごと剥離し、直立した障壁となって1秒ごとにその距離を詰めてくる。
……本来、大陸は動かない。
その先入観こそが、見る者に光景の真相をすぐには察知させなかった。
下方では、海底の底知れぬ地盤が猛然とめくれ上がり、巨大な津波のごとき質量を伴って雪崩れ込んでくる。隆起した地層は、幾1000もの厚い板を束ねた異様な姿で、柔らかな光を宿すクラゲの都市群へと食い入っていく。垂直に切り立った斜面には、かつての密林や山脈が無残な帯となって張り付き、
異様な速度で迫り上がっていた。
次の瞬間、引き千切られた大木や岩盤が、海底の砂とともに濁流の中へ巻き上げられる。
舞い踊る破片は、運動の大元たる壁が動くにしたがって上昇と下降を繰り返し、それは、
まるで見えざる巨獣が荒い呼吸を繰り返しているかのようだ。




