issue#04 I I I Tales from Topographic Oceans CHAPTER 04 13
(……そもそも、私たちの「地球文明」は、サブノーティカやクワウバンに交渉の材料として何を差し出せるんだろう?……考えてみたら、『何もない』かもしれない)
宇宙の尺度において、地球の技術は非常に遅れている。宇宙航行技術は系外惑星探査の入り口にすらなく、ワープ航法も未開発。今回の到達は、奇跡的な確率で発生したイレギュラーな事故に過ぎない。
対するクワウバンは、技術供与、資源、星間条約への加盟保証――子供の目前でおもちゃ箱をひっくり返すかのごとく、彼らの前に魅力的なカードを積み上げたはずだ。仮にリソースを総動員できたところで、地球が持ちうる手札など、彼らの下位互換でしかない。
戦略の完全な破綻におせちが打ち震えていると、リキッド・ソーズがふらりと距離を詰める。
調印式の喧騒から1歩下がり、音もなく隣へ滑り込むと、馴れ馴れしく肩を抱き寄せた。
「ちょっと……!」
「大丈夫だいじょうぶ、2人きりで話がしたいだけなんだ」
彼は、おせちの抵抗を許さず、誘うように泳ぎ出す。2人は、祝賀ムードのホールから、骨の柱が並ぶ裏舞台へと姿を消した。
舞台裏は暗く、窓に映り込む都市クラゲの神経網――壁面で青白く脈打つ光のみが、
互いの顔を幻想的に照らし出している。 リキッド・ソーズは肩を組んだまま、耳元へ唇を寄せた。
「で、地球は僕らに何くれんのさ?」
泳ぎを止め、彼はクワウバンたちがいる方向を水かき付きの指で示す。
「向こうは、それだけで首飾りができるくらい、い~っぱいの条件を出してきたけど?君は?君の『地球』は、僕らに何をしてくれる?」
おせちは、彼の馴れ馴れしい腕を音もなく振りほどき、1歩下がって真正面から向き直った。
「大提督。あなたが欲しいのは、クワウバンが提示したような『首飾り』ですか?」
リキッド・ソーズは楽しそうに笑い声を上げた。
「ああ、キラキラしたものは大好きだ。彼らは僕らの技術開発に多大な援助を約束してくれたよ」
あっけらかんとした態度は崩れない。
「私たちは、そんなガラクタは持っていません」
リキッド・ソーズの表情から温度が消える。
「……ほぅん? じゃ、手ぶらで交渉に来たのかい?」
「私たちが提供できるのは、クワウバンがあなたに提示した『首飾り』の、本当の値段です」
「……どういう意味?」
おせちはトリックスターの瞳を射抜く。
「クワウバンが、なぜあれほど必死にあなた方と友好を結び、この星の法的所有権を確立しようとしているか、理由を聞かされましたか?」
おせちは、このトリックスターの瞳をまっすぐに見据える。
「……資源開発でしょ」
「そうです。そして、クワウバンにとって原住民のあなたたちは邪魔者です」
おせちは、クワウバンとの交渉で得た最大のカードを切った。
「どうも彼らのルールでは、新天体の領有権は、第1発見者に帰属するようです。
そしてこの宙域には、まさにこの発見競争でクワウバンに僅差で遅れた、『ゴチェヌコイ連合』という文明が存在します。彼らは星間条約の非加盟文明――つまり、あなたたちや、私たちに対して極めて侵略的で、『浄化』を行うことで知られている――」
「……!」
リキッド・ソーズの瞳孔が、初めてわずかに収縮した。




