issue#04 I I I Tales from Topographic Oceans CHAPTER 03 23
彼女は、居並ぶクワウバンたちを、いまいちど挑戦者の瞳で見据え返す。
「なるほど、『先例』ですか。有益な情報をありがとうございます――」
ひと呼吸おいて、「今度はこちらから」とばかりに、隠し刃を抜くように問いを放つ。
「――ですが総督。その判決や原則が、条約に署名すらしていない外部文明に対して、どのような法的拘束力を持ち得るのでしょうか?そもそも――その審理の場に、私たち地球文明が当事者として立ち、自らを弁護する『席』は用意されるのですか?」
それは、相手の切り札の土台そのものを問う、あまりに的確な一撃だった。
総督は、いかにもエイリアンらしいその姿を理知的にこわばらせ、ゆっくりと姿勢を正し、合成音声に再び硬質な響きを宿らせた。
「……話を元に戻してもよろしいでしょうか?
貴殿方が主張される『最初に認識した者が代表権を持つという原則』、そして『偶発的であったとしても発見の事実そのものに権利の根拠が生じる』という概念は、いかなる文明間条約、あるいは普遍的に認められた宇宙法に明記されているのですか?
貴殿方の掲げる『最初にその存在を認識した者が暫定的な代表権を持つ』という原則は、結局のところ――地球文明固有の解釈に過ぎないのではありませんか?」
おせちは、その問いを待ち構えていたかのように、わずかのためらいもなく応じた。
「総督。あなた方がおっしゃる『星間条約』や『宇宙法』は、あなた方のような星間文明が、秩序維持のために取り決めた――いわば『グループ内部のルール』に過ぎません。
それに対して、私たちが主張する『最初に認識した者が代表権を持つ』という原則は、特定文明の条文に書き込まれる前から、宇宙に広く通用している、もっと根元的な摂理だと考えています」
淀みなく紡がれる言葉は、論理の基盤を「法」から「摂理」へと密かに、
かつ大胆に置換する高度な詐術に他ならない。
だが、彼女の双眸に良心の呵責などという夾雑物は一切映らず、
ただ確信に満ちた声音だけが質量を伴って響く。堂々たる詭弁は、かえって真実めいた重力を帯び、異星の交渉官たちの理性を心地よい麻痺へと誘い込んでいく。
「――それは、どこかの文明が“そう決めたから”生じる規範ではありません。文明の枠組みとは無関係に働いている、より下層の原理です。地球文明があなた方の組織に加盟していないからといって、
この摂理が私たちに適用されない、とか、私たちがそれを掲げる資格がない、という理屈にはなりません。むしろ――もしあなた方が、その摂理そのものを見ないふりをされるのなら、あなた方の『遵法性』は、特定の条文にだけ忠実であればよいとする、きわめて狭い自己完結的なものだ、という証明になってしまうのではないでしょうか」
総督は顔つきを変えないまま、おせちの姿を凝視していた。
ひと言ごとに、会議室の空気の質が変わっていく。論争の土俵は、文書化された法規から、
その背後にある原理そのものへと移りつつあった。交渉団の誰もが、自分たちの足場がいつの間にか別の地形に置き換えられたような違和感を覚え、そのざらついた沈黙が、彼女の台詞の余白を満たしていく。
「もし、この説明でもご納得いただけないのであれば――」
さらにおせちが言葉を継ごうとした、そのときだった。




