issue#04 I I I Tales from Topographic Oceans CHAPTER 03 18
開発船団の総督をはじめとするクワウバンの重鎮たちに、わずかな動揺が走った。
もしそれを「表情」と呼ぶなら、そこには紛れもない「してやられた」という色が浮かんでいる。
彼らの体から、ごく小さく、かみ殺すような鳴き声が漏れ、それはため息にも似た響きとして空気に溶けた。
直後、クワウバン代表の声が響く。
「……承知しました。恐縮ですが、安全確保のため、現在位置より数歩後方へご移動願います」
その言葉とほぼ同時に、何の合図もなく床面が音もなく割れた。
漆黒の裂け目から、会議室の装飾と同質の、黒曜石調の物質で造られた流線型の座席が、
ゆっくりと、確かな重量感をまとってせり上がる。異形の広間に違和感なく溶け込む、
機能と美を兼ね備えた椅子だ。表面は光を滑らせ、触れれば宇宙の無情な灝気が指先にまで伝わってきそうだった。
おせちは、テーブルの向こうに並ぶクワウバンの交渉団を真正面から見据え、凛として声を放つ。
「ではあらためて、私は吉濱おせち。同じく吉濱アシュリー、さな、はちるです」
その宣言に続き、4人の少女は席に着く前に、それぞれのタイミングで軽く頭を下げた。
地球の礼儀作法に則った、簡潔にして端正な挨拶――この異界の会議室にあっては、
それ自体が決意を示す明確なサインとなっていた。この場における交渉の舵は、ここから先、
おせちひとりに任されることになっている。
クワウバンの交渉団も、彼ら独自の様式で応じた。総督を中心に、一斉に上体をわずかに傾け、
瞳孔の開きをそろえて細める。情感をそぎ落としつつも、礼式としては完璧に整えられた返礼だった。
そして、総督の首に吊り下げられた翻訳機が、淡く脈動を放ちながら地球語を紡いでいく。
「ようこそ、地球文明の代表者殿。この席にお迎えできたことを、光栄に存じます。
あらためまして、私は、クワウバン開発船団総督、ゼ=ラクス・ヴァル。貴殿方のご発言、謹んで拝聴いたします」
「ゼ=ラクス・ヴァル総督。ご丁寧なご挨拶、痛み入ります――」
おせちは、強い視線を総督に据えたまま、淀みなく言葉を継いだ。
「――先ほど申し上げたとおり、この場における私たちの立場は、あなた方の発言をただ拝聴するものではありません。私たちは、この惑星の真の第1発見者として、その権利を主張するために、この席に着いています――」
「――あなた方が星間条約の定義に基づき、この星を“観測・発見”したと主張されるその2周期前に、
地球文明の代表である私たちは、すでにこの惑星へ物理的に到達し、その存在を確認していました。
ゆえに、この星の主権は、地球文明にこそ帰属すると考えます。それがひとまず、こちらの論拠です」
総督は、低く問いを返す。
「……ほう、その『物理的な到達』の証拠は、ご提示いただけますか?」
おせちは、微塵も動じることなく答える。
「証拠――ですか。私たちの到達は偶発的に発生したワープ挙動によるものです。その上で、地球暦で記録された到達日時を、そちらの時間軸に正確に換算してみました。それ以上のことは、
私たちにも証明のしようがありません。
――むしろ、あなた方の高度な観測技術をもってすれば、その偶発的なワープの痕跡さえも、当然、探知できていたのではないでしょうか?いかがです?」
おせちの問いかけには、明瞭な返答の代わりに、重苦しい無音がその答えの役割を果たした。
交渉団の面々は、提示されたワープ到達時刻がストームジーの指示によるものであることを理解しつつ、眼差しの奥にほのかな動揺を走らせていた。
思った以上に安っぽく、錆びついた刃を突きつけられたことにまず彼らは面食らったのだが、
やがてその奥に秘められた、触れるものを例外なく蝕む存外な毒性を、徐々に察していったのだ。
……クワウバンの観測技術は、銀河でも指折りの精度を誇っていた。
それでもなお――地球文明が用いたワープ航法の痕跡は、この惑星の時空層から1粒の塵すら拾わせなかった。 実際、ストームジーの導きによって彼女たちがこの船に姿を現す、まさにその直前まで、
クワウバン側は「地球人」の到来を可能性としてさえ想定できていなかったのである。
「……」
彼ら自身が何より痛感しているこの「観測の穴」によって、「どちらが先に到達したか」を示す客観的証拠の提示は、原理的に不可能となる。
その空気のゆるみを、おせちは逃さない。
「お返事をまだいただいていませんが――到達日時の機械的な観測は、あなた方の技術をもってしても不可能だった、と受け取ってよろしいでしょうか?」
……おせちの催促を境に、交渉は早くも暗礁に乗り上げた。この議題をこれ以上掘り下げることは、
クワウバンにとって、まさしく“悪魔の証明”を強いられるに等しい難行と化した。




