issue#04 I I I Tales from Topographic Oceans CHAPTER 03 15
おせちは、資料にひと通り目を通すと、ストームジーにプリントの束を突き返した。
迷いのない手つきだった。
「……よし、この資料はもういいよ」
ストームジーは、わずかに眉を寄せる。
「もう、覚えたのか?」
おせちはその視線を正面から受け止め、涼やかな声で答えた。
「概要は把握したよ。でも、結局細かいトコまでは覚える意味はないね」
「……どうしてだ?」
ストームジーは、その意図を測りかねて、無言で首をかしげる。
「知らないフリをした方が得だからだよ」
おせちは、返却したクリップボードの角を、人差し指でトントンと叩いた。
「こっちが条文を熟知してるって知れたら、向こうは遠慮なく専門用語で殴ってくる。条文の全暗記を前提にした応酬に持ち込まれたら、一夜漬けの私たちに勝ち目はないよ」
「どういうことだ?」
アシュリーが横から口を挟む。
おせちは、宙を見据えたまま、頭の中で交渉の盤面を組み替えている目つきで答えた。
「クワウバンは、昨日のあの感じじゃ――相当遵法的な文明だよ。宇宙の国際社会の中で、あちこちに対して細心の注意を払うような立ち位置にいるんだと思う。簡単に言えば、大航海時代のヨーロッパみたいな、先住民に有無を言わせぬ侵略者とは根本的に違う。不法行為に手を染めるのを、すっごく恐れてる」
祖国への軽い皮肉――自嘲めいた笑いを鼻先にのせ、彼女は付け加えた。
「たぶんヘタなことをすれば、あっちこっちから突き上げがくるんでしょ、すぐ。日本みたいにさ――」
アシュリーが「はあ」と気の抜けた相槌を返すのを待たず、おせちは視線をストームジーへ戻した。
「星間条約は、彼らのホームグラウンドだよ。条文の隅々まで知りつくした法律家を相手に、同じ土俵で組み合うのは自殺行為。だから、私たちはあえて法の素人として振る舞う。昨日君が言ったように、
第1発見者っていう彼ら自身が最も重んじる原則を借りて、『ホントは自分たちがそうなんだぞ』ってひたすらゴネ続けるんだ――」
おせちは、あらためて全員の顔を見据えた。
「知識で対抗するんじゃなくて、無知を盾にする。相手が自分のルールに縛られている以上、こっちが1点だけの正面に立てば、向こうは迂回するしかなくなる。――国を相手取った先住民族の訴訟と同じ構図だよ。土地と文化の保護、その1点に論点を絞って、ひたすら折れない。今の私たちが取れる、いちばん有効な戦い方はそれだよ」




