issue#04 I I I Tales from Topographic Oceans CHAPTER 03 11
クワウバンの交渉官たちは、さながら法廷に巣くった亡霊だった。
発する言葉は一語一語が磨き上げられた石のように淀みなく、それでいて温度を帯びない。
本来なら意見をぶつけ合うはずの議場は、彼らの口を通るだけで、結末まで書き込まれた儀式の台本をなぞる場へと変質していく。その整然たる弁舌の奥では、血を抜かれた秩序の機構だけが、複雑な歯車として正確に回り続けていた。
ストームジーは、その無機質な応答の雨を浴びながら、古い神性の底でいらだちを募らせていた。
彼らの言う「論理」とは、宇宙の根源に流れる親心のような慈しみから、ごく一部だけを恣意的に切り取り、自分たちの理解しやすい条文へと押し込めようとする行為にほかならない。
そこで彼は、本格的に、法の壁を越えて訴えようと決める。
深く息を吸い込み、胸の奥から声を押し出した。
「聞いてはくれないか。君たちの星にも、すべてが管理霊の手に委ねられていた揺籃の時代があったはずだ。
法も条約もまだ影も形もなく、ただ生命の誕生だけを待ち続ける、気の遠くなるような時間が。
どうか、その記憶を――魂に刻まれた古い光景を、思い起こしてはもらえないか」
黒曜石の壁が、その響きを深く反射する。
それは祈りにも似た言葉であり、神としての矜持さえひとまず脇へ置いた、率直な“願い”だった。
しかし、対面のクワウバンは、翻訳機の駆動音をひとつ鳴らすと、眼球を動かしもせず淡々と答えた。
「こうしてあなたをこの星の代表としてお迎えしている通り、『管理霊』という存在、そしてその活動については、我らも把握しております。しかしながら――これも再三申し上げている通り、記録に存在しえぬ未来の情景に訴えるのは、単なる感傷に過ぎません。
我らクワウバンが拠って立つのは、常に現行の法のみです。
人権・市民権の枠外にある、霊的存在であるあなたの主張に、我々が応答すべき義務は、本来どこにもありません。
それでもなお我々に『譲歩せよ』とお望みになるのであれば――
まずは、こちらが提示している譲歩案を、なぜ受け入れられないのか、その理由をこそお聞かせ願いたいものです」
その反駁は、情の欠片もなく、岩盤のように堅固だった。
ストームジーの言葉は弾かれ、空間に残響だけが虚しく沈む。
彼の皮膚を伝うのは怒りではなく、己の心が相手に届かぬことへの深い焦燥だった。
「……ならば!」
そしてついに彼は、神としての矜持をかなぐり捨て、こんなことを口にしてしまう。
「ならば、君たちの星の管理霊に聞いてみるがいい!私と同じ、星を育む者であれば、この計画の神聖さを理解するはず
だ!私の『仕事』の正当性についても、きっと証言してくれるだろう!」
猛々しく言い切った瞬間――隣にいたおせちの瞳が、すっと細まった。
彼女の指先が椅子の背越しに伸び、ストームジーの袖口を引く。
低く押し殺した声には、目を覚まさせる一言が潜んでいた。
「ストームジー、それはまずい――」
「……何?」
おせちは、まっすぐに彼の右眼――光を宿す片眼を見据えた。
「どんな霊も、完全な状態では地上に降りられないって、君、前に自分自身で言ったよね?
向こうの星の神々に、君みたいな霊性が残ってなかったらどうするの?
それに、自分が育んだ種族ならどうしても情が入るよ。
もし、彼らにとって有利な証言をしてしまったら……君の立場は、完全に失われる」
その指摘は、ストームジーにとって完全な不意打ちだった。
――そうだ。 永い孤独の中で、彼は「同族の変質」という可能性について、あまりにも無頓着になりすぎていた。
焦りが判断を曇らせ、誇りが彼を危うく導くところだった。
そして今、若い人間の指摘で、その錯誤をようやく自覚させられる。
黒曜石の室内に、ストームジーの沈黙が落ちた。その沈黙こそが、彼の後悔と反省をもっとも雄弁に物語っている。
やがて彼は、ひとつ咳払いをし、何事もなかったかのように尊大な身振りを取り戻して言葉を継いだ。
「……と、まあ、そう言いたいところだがな。だが、そもそもそちらの管理霊の証言も、
君たちの法体系では証拠として扱われないのだろう?私の意見がそうであるように。
私たち神々の認識する因果律は、君たちのそれとはあまりに異なる。論理の基盤に相違がありすぎれば、
結局は、先ほどの『平行線』に逆戻りするだけだ」
彼は、おせちの的確な指摘を、さも自らの論理の一部であるかのように組み込みながら、
話の軌道を巧みに修正してみせた。その言葉には、一切の動揺の影もなかった。
総督は、そのやり取りの一部始終を聞き届けると、剥き出しの瞳孔をわずかに細めた。




