issue#04 I I I Tales from Topographic Oceans CHAPTER 02 01
CHAPTER 2
彼女たちの周りに広がるのは、完璧な静寂と、完璧な青だけだった。
空には紫の星雲が、巨大な絵筆で描かれたように淡い軌跡を残し、2つの太陽が、
それぞれ微妙に異なる色合いの光を、惜しみなく瑠璃色の海原へと注いでいる。
水面は、その2色の光を受けて、まるで砕けた宝石のようにありえない輝きで明滅している。
寄せては返す波は、少女たちの身体を揺らす子守唄のように穏やかで、その音だけが、
これが夢ではないことを証明していた。
肌を撫でる水は奇妙なほど生暖かく、塩の匂いも、地球のそれとはどこか違って、よりはっきりとした苦さがある。すべてが、途方もないスケールで描かれた、美しくも空虚な絵画のようだった。
そして自分たち4人だけが、その完璧な構図の中に迷い込んだ、ちっぽけな異物に違いなかった。
その永遠に続くかと思われた調和を破ったのは、言いようのない「違和感」だった。
音ではない。匂いでもない。それは、海そのものが発する不穏な脈動。
遥か彼方の水平線が、ゆっくりと、しかし確実にその稜線を歪ませ始めたのだ。
それは既知の波ではなかった。海原そのものが、あたかもひとつの巨大な筋肉のように、
膨大な質量を伴ってせり上がってくる。
「……なに、あれ」
さなが、か細い声で呟く。視線の先で、隆起は頂点に達し、次の瞬間――。
水面が、内側からの途方もない力によって、炸裂した。
天を覆い尽くすほどのシルエットがふたつの太陽を完全に遮り、世界を擬似的な夜陰へと突き落とす。
姿を現したのは、魚だった。
全長数100mという、地球人のスケールを逸脱した、神話的なまでの巨魚。
古代魚シーラカンスを彷彿とさせるその体表を覆う鱗は、1枚が都市の1区画にも匹敵し、
分厚い鎧のように鈍い光沢を放っている。帆船のマストのごとき鰭。
そして、何万年もの時をただ見つめ続けてきたかのような、建物の窓ほどもある、
一切の感情を読み取れない冷徹な眼窩。
時間の流れが、極限まで引き伸ばされる。
空中に躍り出た「山脈」が、その巨体を緩慢にねじり、飛沫の1粒にいたるまでが、
宝石のように光を放ちながら、重力からひとときの解放を得て懸命に舞う。
やがて、物理法則がその存在を思い出したかのように、巨魚は再び海面へと落下する。
――轟音。
世界そのものが破断したかのような、純粋な衝撃が遅れて海原に広がっていく。
叩きつけられた水面が、クレーターのように抉れ、そこから巻き上がった大津波が、
天を突く壁となって4人に襲いかかった。
「「「「わあああああっ!」」」」
悲鳴は、水の壁に叩きつけられ、泡となって掻き消される。 抗う術もなく波に翻弄され、
天地もわからぬ渦の中、それでも彼女たちは、互いの存在だけを頼りにその手を固く握りしめた。
……どれほどの時間が経過しただろうか。
ようやく渦が収まり、激しく飛沫を上げながら水面に顔を出した4人は、
ただ激しく咳き込み、互いの無事を確かめ合うことしかできなかった。




