issue#04 I I I Tales from Topographic Oceans CHAPTER 01 26
しかし、スヌープキャットの上段の拳を杖で弾き上げた瞬間――、
「えッ!?」
偶然とも呼べる1拍の隙がそこに生まれた。その一瞬を、彼は逃さなかった。
地を蹴る音もなく、シャカゾンビの姿が格闘の舞台から掻き消える。
次にその影が現れたのは、遥か上空――渦巻く嵐の中心だった。彼は古いヤギ頭の杖を高々と、
大上段に構えていた。
「――我が杖に集え、天の怒りよッ!」
シャカゾンビが杖を天に掲げると、一瞬、舞い上がっていた砂塵が空中で静止する。 次の刹那、振り下ろされた杖の軌跡が天空を切り裂き、天頂から地表までを結ぶ壮大な鉄路と化す。
大気が高圧線のように唸りを上げ、世界そのものがひとつの放電装置へと変質していく。
渦巻くどす黒い嵐の核心――天頂から、輪郭を荒々しく毛羽立たせたプラズマの、
蛇にも似た巨大な頭が滑り出た。それは杖の描いた軌道を完璧になぞり、耳をつんざく爆音と共に、
大地へ向かって獰猛に落下する。
青白い閃光が山の斜面を焼き抜き、地上のすべてが光に押し潰される。
その中で、岩や小石にまとわりついた影だけがその圧に抗うように地平へと逃れ、やがて空気の中に溶けていった。
理不尽なまでの破壊――その予兆として走る静電気に、スヌープキャットの毛並みは一斉に逆立ち、
まるで洗いたてのネコのようになる。
その双眸には、天から降り注ぐ稲光の柱が逆さに映り込み、瞳孔の外周いっぱいから、白目へとこぼれ落ちそうなほど広がっていった。山のすべてが、白昼すら凌ぐ閃光に呑まれていく。
それでも彼女は、死の光を前に小さく舌を覗かせ、興味を帯びた眼差しのまま、わずかに身を屈めた。
爆発的な踏み込みが岩盤を抉り、彼女の身体は1本の光条と化して天頂を目指す。
その軌道は、迎え撃つ雷そのものと見紛うほど精確だった。
だが頂点に達した瞬間、彼女の身体は突如として緩み、重力の束縛を逸脱するかのように、背を反らして滑らかな弧を描く。
その身の動きは、跳躍の頂でダンクシュートに移行するバスケットボーラーの優美を思わせて時間を支配し――スヌープキャットは、迫りくるプラズマの芯へと、ボールの代わりに、ためらいもなく己の額を叩き込んだ。
弾け合う、ふたつの莫大なエネルギー。
天を貫いた雷は、衝突の瞬間に爆ぜて膨張し、みずからの経路を裏返す。
圧縮された電流が暴発し、空のただ中に白焔の花が咲き乱れ、雲を四方へ丸い形に押しのけた。
焦げた金属の匂いが風に混じり、空気そのものが焼けつくように震え、そして、全ての喧騒が過ぎ去った後、鉛色の無音が辺り一帯を支配した。
「ッッ……!?」
地面に降り立っていたシャカゾンビは、雨が晴れきる瞬間のようなその優しい静寂の中で、
”起こってしまった出来事”をただ無心に見上げていた。
思考よりも先に、本能が警鐘を鳴らす。彼は反射的に後退の構えを取る――だが、遅かった。
雷撃を粉砕したスヌープキャットが、空中から四つ足で着地する。
その瞬間、足裏が地を叩くと同時に、衝撃波が波状に広がり、彼女の姿をかき消した。
空間が歪み、風圧が遅れて襲いかかる。山肌の砂粒が吸い込まれるように後方へ流れ、
1拍遅れて爆ぜる衝撃が、前方の大気そのものを押し潰す――。
拳が放たれる。
その一撃はもはや肉体の延長ではなく、空間の形を歪める衝撃そのものだった。
シャカゾンビは杖を掲げる間もなく、瞬時に転移術を発動。黒い霧が彼の身体を包み、姿を消した。
直後――拳が空を抉った。
その通過跡に真空の断層が生まれ、ついで背後の岩盤を貫通。
轟音が遅れて到達し、岩壁には隕石の衝突痕めいた陥没孔が刻まれた。砕けた岩屑が炎のように弾け、
山風に舞う。
(……マズいッッ!こいつら、前に戦った時よりもはるかに強くなっている!このままでは……一方的に潰される!)
数m離れた岩陰に姿を現したシャカゾンビの眼窩に、初めて明確な恐怖が浮かんだ。
知略、術式、経験――それらすべてを積み上げた者が、いまやただの生存本能で逃げるしかない。
彼の杖を飾っていた符文の輝きさえ、戦慄に震える心臓の鼓動を模して、かすかに点滅していた。
……そう、暴力とはそれ自体がひとつの確固たる真理なのだ。
どれほど洗練された理性も、純粋な力の前では、ただ紙のように裂けて消えるしかない。




