【やり直し軍師SS-617】騎士団修行(17)
ベクシュタットのあとに続き、到着したのは訓練場の控え室だ。
簡素な部屋の中には、修練のための武器や防具が整然と並んでいる。
ジュノスが所属する第三騎士団の控え室と、さして変わりはない。同時に、なんとなく他人の家に放り込まれたような落ち着かない心地だ。
どこか所在なさを感じるジュノス達を捨て置き、ベクシュタットは部屋の一角にある小さなテーブルに腰を下ろすと、早々に何かを綴り始める。
待つことしばし。ベクシュタットが手を止めてフォランを呼び、フォランは手慣れたように用紙を受け取り目を通して、ジュノス達を見渡した。
「えーとですね、いつもの流れですと、このあと私と手合わせしていただき、それを見て師匠が手ほどきされるか決めます。が、今回は少しお待ちいただくことになりました」
「待つ? 何をだ?」
すっかりやる気のジュノスが首を傾げれば、
「ユイゼスト様、メイゼスト様より、準備が必要だから待っているようにと」
との返事。
「……まさか、姉さん方も参加するのか?」
「いえ……そうではないと思いますが……。そもそもあのお二方の実力は、見定める必要などありませんし……」
それは尤もだが。ではなぜ?
続けて疑問を口にしようとしたところで、べクュシュタットが立ち上がると、武器が並ぶ壁際へ足を運ぶ。
それを目線で追った直後、ジュノスの視線は壁の一角に釘付けになった。
「おいあれ……まさか」
次いで気づいたウラルからも、驚きの声が溢れる。
「間違いない。無銘だ、こんな場所に……」
立てかけてあるのは飾り気のない槍。
柄まで鋼で作られて、その柄には滑り止めの布がしっかりと巻きつけてある。布は何度も取り替えられているのだろうが、手の跡の残るくすみが、鍛錬の跡をはっきりと残していた。
ベクシュタットの愛槍である。
ザックハートの持つ巨槍『無骨』に並ぶ、名槍として知られるこの槍。
『無銘』と呼ばれ始めたのは、ベクシュタットが槍の名を聞かれ『武器に名など不要』と言い放った一言。それがいつしか、無銘の呼称に変わっていった。
ベクシュタットの『槍の極み』を支える至宝とも言える逸品が、こんな場所に放置されているとは……。
ジュノス達の言いたいことが伝わったのか、ベクシュタットに代わってフォランが口を開く。
「驚かれたかもしれませんが、第五騎士団ではこれが日常でして。有事の際にすぐにでも師匠が出撃できるよう、このようにしております。師匠が砦内のどこにいようと、出撃のために駆け出すと、当番の兵士がこの槍を師匠に届ける決まりです」
「……それは確かに、効率はいいが……その、盗まれたりしないのか?」
「盗んだところで意味はありません。師匠の怒りを買っては命がない。どこかに売り捌こうにも、見ての通り、美術的な価値はありませんから。この槍を盗むのは、ただただリスクだけを負う行為」
なるほどな。ベクシュタットにとって、無銘はあくまで戦場で戦うための武器。その揺るがぬ意思が、こんなところにも現れている。
ジュノスが感心していると、無銘を手にしたベクシュタットが軽く振って具合を確かめる。その間も、フォランの説明は続いた。
「時間潰しというわけではありませんが、ユイゼスト様、メイゼスト様の準備が整うまで、師匠がいくつか形をお見せしたいとのことです」
「それは、願ってもないですね」
と呟いたのは帝国軍人のウェルト。もちろんジュノスも大歓迎だ。
何度か無銘を振るったベクシュタットは、自分の動きに納得がいったのか、そのまま黙って訓練場へと足を向けた。
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訓練場でベクシュタットが無銘を構えると、その場に静かな緊張感が漂う。
「ふうう〜」
少し離れているのに、ベクシュタットの息遣いすら聞こえるような空間で、ベクシュタットの足が動いた。
「ふんっ」
気合いと共に突き出された槍の先から、「ぼっ」と空気を突き刺した音がする。
素人が見ればなんでもないただの突き。だが、槍を齧った者ならば、たった一突きでその実力を思い知らされるような一撃。
「……踏み込みか」
ジュノスの口から無意識のうちにこぼれた言葉に、ウェルトが応じる。
「でしょうね。踏み込みから生まれた力を、驚くほど自然に槍に乗せて放っています。強靭な下半身の威力が、散じる事なく穂先に込められています」
ジュノスと同じ感想だ。……こいつ、帝国からわざわざこんなところまで来るだけあるな。
ジュノスとウェルトの無言の牽制。しかしそれはわずかな時間。ベクシュタットが動けばその視線はベクシュタットに固定される。
こうしてジュノス達は、ベクシュタットの一挙手一投足を見逃さぬように、ひたすらその動きを目に焼き付けるのだった。




