【やり直し軍師SS-616】騎士団修行(16)
訓練場に行くぞと言い残すと、こちらの返事も聞かずに歩き出したベクシュタット。
「ちょっと待て、ベクシュタット。それはいささか性急ではないか?」
その背中に声をかけたウラルを振り向き、「まずは、実力を」としか言わない。そんなベクシュタットの言葉に、フォランが補足を添える。
「すみません。師匠は槍を伝授する相手に、ある程度基準を定めておりまして。師匠に槍の指南を受けたいという方はとにかく多いもので……。申し訳ありませんが、殿下といえども……」
その説明にジュノスは頷く。それはそうだ。実力の伴わぬものをいちいち相手にしていては、自分の鍛錬もままならないだろう。
「……もしかして、過日の一件も、それ絡みか」
ジュノスの横で、気になることを口にしたウラルに、リュージェが問う。
「一件ってなに?」
「私も軽く耳にした程度だが、とある貴族の子息が、ベクシュタットに暴行を受けたと訴えてきた事件があったのだ」
「それでどうしたの?」
「結論を言えば、宰相殿が収めた。貴族の方に罰が与えられたらしい。つまり、訴えが虚偽であったということだ。その一件が今の話と繋がっているのではないかと思い至った」
ウラルの言葉に、フォランが応じる。
「殿下の仰る通りです。その者は、ベクシュタット様の手ほどきを受けたという肩書だけを欲して、無理に頼み込んできたのです。ところが師匠が指導したところ、半刻と持たず、這々の体で逃げ出しまして……」
「それで逆恨みしたの? 何それ、最悪!」
「たまにおられるのですよ、そういう輩が。そのため宰相様からの提案もあり、師匠の指南は、師匠の認めた御仁のみとさせていただいております」
「……仮の話だが、それでも無理を通した場合は?」
ウラルの質問に、フォランは遠くを見る。
「宰相様が出て参ります」
「……委細承知した」
ウラルも恐れる宰相の存在。ジュノスもなんとなく納得。そこから話題は、帝国から来たというウェルトに移った。
「ウェルト殿はどうしてわざわざルデクへ? そもそも単身で?」
ウラルから水を向けられて、ウェルトは軽く頬をかく。
「私の個人的な我儘なのですよ。少々事情があって、ルルリア様より言葉添えをいただき、意を決してベクシュタット様の元を訪ねたのです」
「ルルリア? なぜ、ルルリア様の名前が?」
ウラルが首をかしげる横で、ジュノスは己の記憶を探る。なんとなく聞き覚えがあると思ったが、確か、ツェツェドラ公の妻だったか。
「……簡単に申し上げますと、上皇陛下とルルリア様の間で、ちょっとした賭けをなさることになったのです。詳しくは申し上げられませんが、その、若手の育成について、とでも言いますか……」
「つまり、その賭けの対象に貴殿が選ばれたと?」
「いや、むしろ私が、ベクシュタット様から槍を学んでみたいと口にしたのがきっかけというか……。まさか、こんな大事になるとは思っていなかったというか……」
ウェルトの口調からして、何やら大変そうだというのは伝わってくる。
帝国の上皇が結構無茶苦茶な人物であることは、ジュノスですら耳にしている。ルルリアは義理の娘に当たるはずだが、義理の父と、軍部の人間の育成の相違で言い争うというのはどういうことだ?
説明を聞いてもさっぱりわからない。首をかしげるジュノスたちに対して、ウェルトは気持ちを切り替えるように表情を改めた。
「結果的に私の希望通り、ベクシュタット様のところに来れたのですから、実力を見定めていただくのは望むところ。むしろ手ぶらでは帰れません」
ウェルトの気迫にあてられ、ジュノスも胸の中に熱を感じつつ、先をゆくベクシュタットの背中を見る。
そのベクシュタットは、ユイメイの双子に両側から挟み込まれるようにして、何やらしきりに耳元に話しかけられている。
古い付き合いのはずなので、親しげなのはそれほど不思議ではないが、双子の表情が気になった。あれは何か、よからぬことを企んでいる時の顔だ。そのくらいはジュノスにも分かる。
「……ところでジュノス殿、私は是非、貴殿とも一戦交えたいのですが?」
不意にウェルトに言われて、
「ああ。望むところだ」
と、答えながら双子の動きを追っていると、話がついたのか、双子は手を振りながら一団から離れていった。




