第十一話 有害なる者
松明の炎がゆらゆらと燃えている。
冷たい石壁に囲まれ、少年の目の前には鉄格子がある。
地下の暗い牢の中で、ユシアはあの時のことを思い返していた。
ニコラに妹を侮辱され、我を忘れて怒りに任せて彼女を攻撃してしまった。
それまでは魔法が使えなかったユシアだが、その時は自分でも信じられないほどの力が身体の奥から湧き出るような感覚があった。
全身からは炎のような瘴気が溢れ、〈エルスパーダ〉は溶岩を纏い、もう片方の腕には激しく荒ぶる炎が渦巻いていた。
そして、掌から大きな火の塊が赤毛の少女に向けて放たれ、訓練場は爆炎に包まれた。
突然の事態に、周囲にいた人々も駆けつけ、なにやら怒号が飛び交っていた。
その直後、ユシアは気を失い、気がつくと地下牢で目が覚めた。
ユシアはゆっくりと身体を起こし、石壁を背もたれにして、鉄格子の外にある、揺らめく松明を見つめた。
「なんてことをしてしまったんだ、おれは」
自身がやってしまったことの重大さに思わず両手で顔を覆った。
どんな理由であれ、ユシアは仲間であるはずの人間を本気で攻撃してしまったのだ。
「ニコラは無事なのか......?」
ルファたちのことも心配だったが、なによりも魔法の直撃を受けたであろう赤毛の少女、ニコラ・オルヴェットのことが頭から離れなかった。
考えたくはなかったが、最悪の場合、命を落としている可能性もある。
再び松明に目をやると、炎が大きく揺らぎ、風が入ってきた。
どうやら、地下牢のドアが開いたようだ。
石畳の上を歩く足音が聞こえてきた。
ユシアはごくりと唾を飲みこんだ。
足音は徐々にユシアのいる牢のほうへと近づいてきた。
松明に照らされた人影が伸びてきて、ユシアの牢の前で止まった。
「ユシア・ウォーロードだな」
「あなたは?」
男は大柄で赤い髪に金の瞳をしていた。
四十代ほどの年齢で、精悍な顔立ちをしている。
胴衣の上から毛皮で縁取られたガウンを羽織っており、一目見ればこの人物が高貴な出身の者だと言うのは想像に難しくない。
「わたしのことなどどうでもいい。それよりも、君に興味がある。質問に答えてくれないか? 訓練場の大惨事は君が引き起こしたのか?」
男は顔の下半分を覆っている赤い髭を手で触りながら言った。
「そうです。おれがやりました」
ユシアは男の金の瞳を見て答えた。
「......なるほど。本当だったか」
「あの、あなたがどなたかは知りませんけど、ニコラたちは無事ですか?」
「安心しなさい。みんな無事だ。ことの次第はエミリアから聞いたよ。ニコラが君に話した内容はすべて事実だが、だからと言って君の妹を侮辱していい理由にはならない。彼女には厳重注意するようにブラッドフォードに言っておいた」
男の言葉でユシアの心が一気に軽くなった気がした。
「あなたは誰なんですか?」
尋ねると、男は牢の錠を鍵で開けた。
「わたしはアーサー・グレイモール。出なさい。他にも聞きたいことがある」
ユシアは自分の耳を疑った。
なぜなら、聞き間違いでなければ、今、少年の目の前にいる人物はグレイモール王国の国王だ。
ユシアは自分が正気を失い、夢と現実の区別がつかなくなってしまったと思った。
「ア、アーサー・グレイモール......この国の王様ですか?」
「そうだ。ついてきなさい」
なぜ、この国の王がここにいるのかーーユシアには頭で考える余裕はなかった。
目の前にいる人物は間違いなくこの国の君主で、この人の言うことに従うーーただそれだけを考え、急いで立ち上がった。
◆
ユシアは兵舎にある、一階の食堂ホールに案内された。
ここにくる途中では、周囲から大惨事を引き起こした犯人として、侮蔑のこもった目を向けられた。
辛かったが、自分がやってしまったことなので仕方がないとユシアは思っていた。
中に入ると、普段食事の際に賑わっている食堂も今は静まり返っており、中央の横長のテーブルには、〈赤銅の剣〉の団長、ブラッドフォード・ブランドンが椅子に腰かけていた。
そのすぐ隣には、猫の獣人フェリスのエミリア・メイスフィールドが立っていた。
「ウォーロード、こっちにこい。だいたいの話はエミリアから聞いた」
ブランドンは手招きしながら言った。
「あの、ニコラは? それとルファたちは無事でしょうか?」
ユシアは自分の目で確かめるまでは安心できなかった。
「お前の仲間は元気だ。変わりない。ニコラに関しては......まだ、当分起き上がれないだろうな。まぁ、命に別状はない」
「メイスフィールド先生、ごめんなさい。おれ......」
「わたしは大丈夫だから。気にしないで」
メイスフィールドは笑顔で答えた。
「あの、おれに聞きたいことってなんですか?」
ユシアは三人の顔を見ながら、困惑した表情を浮かべた。
「ウォーロード、あなたがあの時、ニコラに向けて放った魔法は初心者が簡単に使えるようなものじゃないの。しかも、あなたは魔法を使うのがはじめてだった。あの時、あの魔法をどうやって使ったのか覚えてる?」
メイスフィールドはゆっくりと優しく丁寧に言った。
「あの時は妹のことを言われて、我を忘れてしまいました。心の奥から溢れてくる力を抑えきれず、気がついた時には......」
ユシアは誰の顔も見ることができず、俯いてしまった。
いくら、リセスのことを侮辱されたとは言え、感情を抑えられず、仲間であるはずのニコラを傷つけてしまった。
下手をすれば、彼女の命を奪っていたかもしれなかった。
「要するに、お前の魔力ーー〈デュナミス〉が感情に反応して暴走したわけだな。少々まずい事態だな。どう思います、アーサー?」
ブランドンはまるで友達かのように国王に話しかけた。
「......〈デュナミス〉を授かった者の中には、ごく希に感情の暴走によって強力な魔法を使える者が現れると言う。しかし、それは力によって心が支配されてしまい、やがて最後には敵味方の区別もつかなくなってしまうーーそれを我々は〈マリグナント〉と呼ぶ」
アーサーはユシアを真っ直ぐに見て話した。
「おれがその〈マリグナント〉ってことですか? いずれ仲間の命を奪うと?」
ユシアはゆっくりと顔を上げて、この国の君主の目を見た。
その声は恐怖と不安で震えていた。
「......わたしがここにきた理由がわかるか、ユシア?」
ユシアは深呼吸してから答えた。
「おれたちと契約するためでは? 〈デュナミス〉を持つ者は、王より直接儀式を受けることで強大な力が解放されると同時に、命令に背けば命を落とすと言う主従関係が結ばれるーー違いますか?」
「その通りだ。わたしと契約が成立しなければ、君たちは自分の持っている力を発揮させることができない。しかし、〈マリグナント〉は例外だ。例え、契約後に命令に背こうとも、命を失うことはない。つまり、強大な力を持ったまま、自由に行動できてしまうと言うことだーーわたしはそれを危惧している」
この人たちはおれを手にかけようとしているーー本能的にそう感じた。
通常なら、契約が成立してしまえば強力な力が解放され、その抑止力として命令に背いた場合は命を落とす。
しかし、〈マリグナント〉にはそれがない。
アーサーをはじめ、この場にいる全員がユシアが暴走し、敵になるのを恐れている。
「おれはどうすれば?」
恐る恐る尋ねると、アーサーがユシアの両肩に手を置いて言った。
「三年だ、ユシア。君は訓練生としての三年間で力を抑制する術を覚えなさい。それができなければ、わたしは君主として君の存在を容認するわけにはいかない。いいか、これはわたしからの最初の命令だ。ユシア・ウォーロード」
ユシアには他に選択の余地などなかった。




