第十二話 希望
ユシアは契約の儀を行うために、アーサーとブラッドフォードの二人に案内されて、兵舎の裏手にある、小高い丘の上にきていた。
見上げると、晴れ渡る青空が地平線の彼方まで続いていて、見つめていると身体が吸いこまれるような気分になった。
ユシアは青空を見上げながら、先程アーサーに言われたことを思い返してした。
グレイモール王国の君主が約束した猶予は三年間。
訓練生としての三年間で自らの感情を抑制し、力を制御できなければ、ユシアの命はない。
厳しい条件ではあるが、〈マリグナント〉になり、敵味方の区別もできないような怪物にはなりたくないーーと言うのが、ユシアの想いだった。
なにより、双子の妹のリセスのためにも、ユシアはまだ死ぬわけにはいかなかった。
「ユシア!」
名前を呼ばれて少年が振り向くと、そこには見慣れた四人の仲間の姿があった。
長く会っていなかったわけではないのにも関わらず、ユシアは仲間と久しぶりに再会したような感覚だった。
お互いに駆け寄り、無事を確かめあった。
仲間の顔を見ると、ユシアの暗く沈んでいた心も少しは晴れてきた。
「全員揃ったな。では、契約の儀をはじめる」
五人は晴れ渡る青空の下、王の前にひざまずいた。
契約の儀は騎士が行う叙任式と少し似ていた。
胴衣の袖を捲り上げ、腕にある翼の刻印を露出させ、胸に拳を当てる。
アーサーは魔法剣〈エルスパーダ〉をブランドンから受け取り、一人一人の両肩に剣を打った。
すると、腕にある刻印に火花が散り、赤く変化した。
「契約の儀はこれで終わりだ。お前たちの力は解放され、より強力な魔法を覚えられるようになった。同時に、命令に背いた行動を取れば命はないぞ。わかったな?」
全員が国王の言葉に頷いた。
「ユシア、君に話したいことがある」
アーサーはそう言って、ユシア一人だけを呼んだ。
なんの用かと、困惑した表情を浮かべながらユシアは国王に近寄った。
「話ってなんですか?」
あまりいい話ではないだろうとユシアは内心思っていた。
ついさっきの話が頭に残っていたからだ。
仲間たちの不安そうな眼差しをユシアは感じていた。
「君の妹のことだ」
リセスの話題を出されると、ユシアは胸が抉られるような思いがした。
大陸を蝕む灰の影響により、リセスには〈灰病〉の症状が見られている。
不治の病である〈灰病〉は、衰弱し死に至ると、その後は〈灰人〉と呼ばれる怪物になる。
その怪物を倒すのは、ユシアたち〈赤銅の剣〉の使命の一つでもある。
妹の命を奪うなどと言うことは、ユシアには考えられないことだった。
「リセスのことですか......」
ユシアの表情は端から見てもはっきりとわかるほど、暗く沈んだ顔になった。
「そんな顔をするな。決して悪い話ではない。君の妹の病を治せるかもしれない可能性があるんだ」
予想だにしていなかった国王の言葉にユシアの目が大きく開いた。
「そ、それは本当ですかっ!」
興奮した様子のユシアは、思わずアーサーの両腕を掴んだ。
「落ち着きなさい。可能性だ、ユシア。確実な方法ではない」
「それでも構いません。教えて下さい。その方法を」
すがりつくような目でユシアは訴えた。
このまま、リセスが怪物になるのをただ待つしかないと思っていたユシアにとって、少しでも治す可能性があるのなら、その方法に賭けてみたかった。
「わたしも詳しくは知らないが、聞いた話によると、この世界のどこかにどんな病気や怪我も一瞬で治してしまう万能薬があると言われている。その薬の名は〈エリクサー〉。それを飲めば、〈灰病〉を完治させることができるはずだ」
「〈エリクサー〉......それはどうやって手に入れるんですか?」
「すまない。それはわたしにもわからない。だが、君が〈赤銅の剣〉の一員として任務をこなしていけば、いずれどこかで〈エリクサー〉の情報を得ることがあるかもしれない。その時は、わたしが君に自由に行動することができるように命令することを約束しよう」
ユシアにとっては願っていないことだった。
国王自らが許可を出してくれれば、命令に背くことにはならず、命を落とすこともない。
ただ、ユシアには疑問に思うことがあった。
「すごく嬉しいんですけど、なぜおれにそこまでしてくれるんですか?」
すると、アーサーは表情を緩めて答えた。
「君の才能を買っている、と言っておこう。力を制御できなかったとは言え、二年上のニコラを圧倒したのは君の実力だ。感情を抑制することができれば、君はこの国にとって将来的にとても重要な戦力になる。わたしは君に期待しているんだ、ユシア」
国王の言葉は純粋にユシアの心に響いた。
今まで親にも周囲の人々にも期待されると言う経験がなかった少年にとって、それは衝撃的な初体験だった。
しかも、自分に期待を寄せてくれている人物は他ならぬ、グレイモール王国の君主、アーサー・グレイモールその人だった。
ユシアは嬉しくて心踊るような気分になった。
「......ありがとうございます。おれ、この三年間で必ず自分の力をコントロールしてみせます。そして、万能薬〈エリクサー〉を手に入れて妹を救います」
ユシアは自分の握り拳を胸に当てて言った。
この人の期待に応えたいーー素直にそう思えた。
「その意気だ。がんばれよ、少年」
アーサーはユシアの肩を軽く叩いた。
「ブラッドフォード、わたしは帰る。ここは任せたぞ」
「お見送りしますよ、アーサー」
「いや、平気だ。護衛の兵も待機させている。気を使うな」
そう言うと、二人はがっちりと固い握手をした。
ユシアはその場をあとにする国王の後ろ姿をじっと見つめていた。
「ユシア、いったいなんの話をしていたんだ?」
ランドたちが駆け寄り、心配そうな顔をしていた。
「いや、なんでもないんだ」
「ねぇ、わたしたちにも教えてよ」
デルフィが興味津々に聞いた。
「ま、まさか、脅されたりしてないよね?」
レオナルドは今にも泣き出しそうな顔をしている。
「いや、本当に平気だ。むしろ、やる気になった。絶対にやってやる」
ユシアは力強く言った。
「......よかった」
ユシアの決意に満ちた顔を見ていたルファが穏やかな笑みを浮かべた。
「おれはもう二度と仲間を傷つけたりはしない。呪われた力だろうがなんだろうが、必ず自分のものにしてやる。そして、妹を......リセスを救うんだ」
ユシアはアーサーと交わした誓いを胸に刻みつけた。
妹のリセスを救いたいと言う気持ちと、国王の期待を裏切りたくないと言う気持ちーーこの二つの想いが少年の強い原動力となった。
そして、三年の月日が流れたーー。




