第21話
「ふふ、ちょっと痛めつけすぎなんじゃない」
美也子の意地悪な声で、清子は目を覚ましました。ミーヤがいったように、もとの世界ではまだ人形のままのようです。百花にからだをつかまれています。
「けっ、だってこいつがあんまり生意気なもんだからさ」
今度は影の清子の声でした。いらだった声で、清子をののしります。
「いつもおどおどして、黙りこむだけがとりえの臆病者のくせに、あたしに逆らいやがって。ちっ、思い出したらまた腹が立ってきた。おい、百花、やっぱりこいつ、もっと痛めつけて、うっ、ぐ、な、なんだ」
影の清子が、苦しそうなうめき声をあげました。影の清子だけではなく、清子をつかんでいた百花までもが、苦しそうに座りこんだのです。しりもちをついた拍子に、清子をつかんでいた手が開かれました。清子は地面にドテンッと落下しました。影の清子も、からだが動かないのでしょうか、その場にうずくまっています。
――これは、きっとミーヤのおかげだわ。じゃあ、今のうちにもとのからだにさわらないと――
清子はなんとか起きあがって、影の清子のそばへむかいます。人形のすがたなので、気の足がもつれて何度か転びましたが、清子はそのたびに起きあがりました。からだじゅうがきしみ、百花に折られそうになったうでは、今も鈍い痛みを感じます。それでも清子は、とにかく前へ進んでいきます。
――あとちょっと、もう少し――
そして、ついに影の清子のからだに手をふれたのです。そのとたん、影の清子のからだから、目もくらむような光が放たれたのです。清子は顔をうででおおいましたが、そのうでが人形のものではなく、人間のうでになっていることに気がつきました。
「どういうこと、清子、人間に戻れたの?」
光がやんだので、清子はおそるおそるまわりに目をやりました。
「えっ、ここ、どこ?」
清子は目を疑いました。ミーヤのいた人形の世界とはまったく別で、見わたす限り闇が続いています。その中でたった一つ、ぼんやりと光っているところがありました。その光に引き寄せられるように、清子はそろそろと近づいていきます。
「おっと、待ちな」
目の前にいきなり、真っ黒な人影が現れました。あたりの闇よりももっと黒く、見ているとすいこまれていきそうな影……。そこにいたのは影の清子でした。
「どうしてあなたが?」
「それはあたしのセリフだよ。だが、お前から感じるそのにおいは……。そうか、ミーヤのしわざだな。美也子がミーヤのからだを乗っ取るときに、ずいぶん抵抗されて苦労したといってたもんな」
影の清子はにやりと笑い、バンバンっとこぶしをたたいて鳴らしました。
「まあいいや。お前とは一度、しっかり話をしたいと思っていたところなんだ」
影の清子はうしろをふりむき、光っていたところを指さしました。目をこらしてよく見ると、そこには誰かが横たわっていました。それは清子もよく知っているすがたでした。
「清子のからだ!」
「そうだ、当たりだ。これはお前の、そしてあたしのからだだよ。たぶんミーヤから聞いてるんだろ。このからだにお前がさわれたら、お前はもとの人間のすがたに戻るよ」
そういいながら、影の清子は通せんぼするように、清子の前に立ちふさがりました。
「あの、どうしてそんなことを教えてくれるの?」
影の清子は答えずに、うでをぐるぐると回し、肩をほぐすように動かしました。まるで今から、一仕事する前の準備運動をしているようです。
「ミーヤが美也子たちを止めていられるのは、せいぜいあと五分といったところだろう。その間に、お前がもとのからだにさわれたら、お前の勝ちだ。でも、あたしはそれを阻止する。当たり前だよな、なにせあたしはお前のことが大きらいなんだから。さあ、どうする」
清子の顔が青ざめました。影の清子は肩をいからせながら、じりじりと清子に近づいてきます。あとずさりする清子を、影の清子が鼻で笑います。
「ほら、そんなぼさっとしてたら、もとのからだに戻るどころか、あたしにぼこぼこにされちまうよ」
影の清子が、素早く清子にとび蹴りしてきます。悲鳴をあげて、清子はなんとかかわします。
「へぇ、よくよけたな、やるじゃん。でも、そんな逃げごしじゃ」
逃げようとする清子の背中に、影の清子がバシンッと張り手をかましました。
「痛いっ!」
あまりの痛さに、清子は思わずその場にうずくまります。涙目になる清子を、影の清子がつめたい視線で見おろしました。
「ふん、口ほどにもないな。この間の威勢はどうしたんだ。あたしのことを絶対に許さないんじゃなかったのか」
清子が顔をあげました。痛みで顔をゆがませながらも、影の清子をキッとにらみつけます。
「なんだその目は。ホントに生意気なやつだな、お前は。そんな目をしたところで、どうにもならないってのに。ほら、反撃してみろよ。あたしになぐり返してみろよ!」
影の清子が挑発するように、清子に手招きします。清子はくやしそうに顔をゆがめましたが、立ちあがることはできませんでした。影の清子はチッと舌打ちして、清子の髪の毛をガシッとつかんで、引っぱりあげました。
「痛い痛い! やめてよ、なにするの!」
「なにするのだって? お前はなにもしないのかよ。お前はいつもそうだな。いやなことがあったらすぐうずくまって、そうやって顔をそむけるだけだ。自分からなにかをしようなんて、これっぽっちも思っていない」
髪を引っぱりあげ、影の清子は清子のおなかを思いっきりなぐったのです。うぐっと鈍い悲鳴をあげ、清子はおえつをもらしました。
「もう終わりか? ふう、なんだか期待はずれだったな。おじいちゃんにあやまって欲しいんじゃなかったのか。どうなんだよ」
清子の首をがしっとつかんで、ぎゅうっとしめあげます。
「く、苦しい……」
なんとか逃れようと、清子は首をふります。キリキリと首をしめる力を強めたあと、不意に影の清子は、清子のからだをブンッと地面に投げつけました。
「ほら、起きあがれ。起きあがってあたしに飛びかかってこいよ。さっきもいったが、お前がもとのからだにさわれないと、人間に戻ることはできないぜ。そうしたら、お前の大事なおじいちゃんを助けることはできないな」
からだをふるわせながらも、清子はどうにか起きあがりました。足元はふらつき、胃の奥がムカムカして、動くと今にもはいてしまいそうです。それでも清子は前を向き、影の清子をまっすぐ見すえました。
「そうだ、最後までむかってこいよ。頭をかかえて、うそとごまかしの、自分のからにこもったままでいるんじゃねえよ。自分の気持ちにうそをついて、正直者を演じるんじゃねえよ!」
清子はわああっと大声をあげて、影の清子に体当たりしました。影の清子も清子のからだをがっちり受け止めます。
「清子だって、清子だって、正直者なんていやだった! ずっと自分の気持ちにうそをついて、ずっとなにもできないでいて、そんな自分が大っきらいだった。でも、清子はうそをつけないから、うそをついたらそれが本当のことになっちゃうから、だから!」
清子はしっかりふんばって、影の清子の肩をググッと押しやりました。じりじりと影の清子は押しこまれていきます。
「じゃあお前は、自分の力が、呪いが、それがなかったら自分に正直に生きられるのか。呪いがなかったら、自分にうそをつかず、自分らしく生きられるのか」
ほえるような影の清子のさけびに、清子も負けじと声を張りあげました。
「そうだよ、清子は呪いがなかったら、ううん、呪いがあったって、呪われていても変わりたい! いやな自分を、うそつきな自分を乗り越えたい! 他人だけじゃなくて、自分にだって正直に生きたい、変わりたいんだ!」
とたんに、影の清子がふっと消えていなくなりました。まるでけむりのようにとけて、そして清子のからだに吸いこまれていったのです。
「え……」
「それだけガッツがあれば、たとえ呪いがあったって、お前は、ううん、『わたし』は、ちゃんとやっていけるよ。自分の心にうそをつかない、本当の意味での正直者に、『わたし』はなれるよ」
影の清子に、髪をゆっくりとなでられたような気がしましたが、そのすがたはもう消えていました。胸の中が、温かな気持ちで満たされていきます。それはまるで、ずっと昔になくしたものが戻ってきたように、なつかしい感覚でした。
「……ありがとう、もうひとりの『わたし』」
清子はそっと目じりを指でぬぐって、自分のからだにふれました。目がくらむような強い光につつまれ、そして――
いつも読んでくださいまして、ありがとうございます。
最終話まであと2話となります。最後までお楽しみいただければ幸いです。




