第22話
「そんなバカな、どうしてわたしがまた人形に戻っているの」
美也子の叫び声で、清子は我に帰りました。リビングの床の上で、人形のミーヤがうごめいています。
「そうか、ミーヤのしわざね。ミーヤめ、人形の、自らの意思を持たない人形のくせに」
「違うわ、ミーヤは自分の心を持っていた。だからわたしのことを助けてくれたんだ。影の清子だってそう。最後はわたしを助けてくれた。ひとみちゃんも、おじいちゃんも、みんなそうだった。わたしだけが違ったんだ。わたしだけが人形と同じだった。自分の意思で、なにかを決めようとしていなかった」
清子はしっかりと美也子を見つめました。
「『わたし』……? まさか、影の清子を自分の中に戻したというの」
美也子はわずかにひるんだ様子でしたが、それでも清子を見すえました。
「でも、あなたになにができるの。影の清子を吸収したみたいだけど、結局あなたも、うそをついたら人形になっていくのよ。それなのにどうするつもり? 友達も一人もいないくせに。ひとみちゃんだって、あなたのことをあれほど憎んでいたじゃない」
「あの雨の日、ひとみちゃんは目が真っ赤になっていた。清子のうでにふれたときに、あなたがひとみちゃんを操ったんでしょう。わたしにうそをつかせるために」
「どうしてそれを」
美也子の驚きに満ちた声が、部屋中にひびきます。清子は静かに答えました。
「あなたが前にいっていたでしょう。あなたに支配された人は、あなたと同じ目の色になるって。それに、今の反応で、あなたがひとみちゃんを操っていたって確信したわ」
「くっ!」
美也子は苦々しげにうつむきます。しかし、すぐにふふふと笑って、清子の顔を見あげました。
「ばれたならしかたないわね。でも、どっちにしてもあなたの呪いはそのままだわ。呪いを解くために、わたしをどうにかするつもり? でも、そんなことをしても呪いは解けない。結局あなたたちはずっと、わたしの呪いで苦しむのよ。あなただって例外じゃないわ」
あざけるような笑い声をあげる美也子でしたが、清子は首をふるだけでした。美也子を見おろし、胸の前で手を組み、祈るように目をつぶります。
「なにを、なにをしようとしているの」
美也子に聞かれて、清子ははっきりした口調で答えました。
「わたしは決めたの。もう迷わない。あなたの呪いは、わたしがここで終わらせる――」
清子の長い髪の毛が、バチバチと逆立ちはじめます。美也子が初めて、おびえたような声をあげました。
「呪いを消し去るつもりね。そんなことしても無駄よ、呪いにうそをつくことはできないわ。あなたの両親と同じ結果になるだけよ」
こめかみを押されるような、強い頭痛がおそってきます。舌のしびれがどんどん強くなり、のどや顔面までもがびりびりしてきます。まるで、清子に最後のうそをつかせないように、必死で抵抗しているかのようです。清子は舌に力をこめました。
「同じにはならないよ。だって、もう一人の『わたし』が、わたしにたくしてくれた力なんだから。だから、ありったけの思いをこめて、うそをつく」
清子は大きく深呼吸しました。強い頭痛と舌のしびれをがまんして、清子は心をこめて、呪いに対してうそをつきました。
「わたしが、わたしとその祖先たちが受けた呪いは、もう存在しない」
そのとたん、美也子が耳をつんざくような断末魔をあげたのです。
「ぐわあぁぁぁっ! いやだ、消えたくない、うわあぁぁぁっ!」
美也子がもだえ、苦しみながら、最後は黒いもやとなって、ミーヤのからだからぬけていきました。それと同時に、清子のからだも、つま先から、指の先から、どんどん木へと変わっていきました。
――おじいちゃんのからだが、人間に戻っていく――
呪いが解けていっているのでしょう。人形だったおじいちゃんのからだが光りだし、じょじょに人間のすがたへと戻っていきます。床に倒れていた百花のひとみも、血のように真っ赤な色だったのが、だんだんともとの黒色へ戻っていきます。
――よかった、みんなもとに戻るんだ。でも、わたしは――
おじいちゃんが頭を押さえながら、ゆっくりと起きあがりました。清子のすがたを見て、急いでかけよります。
「清子、いったいこれはどういうことじゃ! どうしてお前が木に、まさか!」
おじいちゃんが目を見開きます。清子はだんだんと木に変わっていく首をなんとか動かし、おじいちゃんの顔を見あげました。手足は完全に木に変わり、じわじわと感覚がなくなっています。清子は最後の力をふりしぼって、おじいちゃんにいいました。
「ごめんね、おじいちゃん。でも、わたし、ちゃんと最後は、自分に正直にいられたよ。おじいちゃんや、お父さんやお母さんを助けたい。わたしのせいでひどい目にあった人たちを助けたいって、そう願ってうそをついたの。だから、わたし、後悔なんてしてないよ」
「清子……すまんかった、すまんかった」
おじいちゃんは顔をくしゃくしゃにして、清子のからだを強く抱きます。清子の顔が、じわじわと木に変わっていきました。口がかわいていき、鼻もにおいがわからなくなっていきます。呼吸ができず、声をあげることもできません。ついに目も見えなくなっていきました。
――ああ、これが、人形になるってことなんだ。でも、わたし、最後はちゃんと人間らしく生きることができた――
『でも、これで最後にはなりたくないだろう』
聞き覚えのある声がしました。木に変わっているはずなのに、そのすがたが感じられます。清子と同じ背格好をした、真っ黒な女の子です。
『お前が初めて、ちゃんと自分がしたいことをしたごほうびだ。お前がうそをついたことへの呪いも、あたしがなかったことにしてやるよ』
真っ黒な女の子は、清子と同じように祈るように手を組み、そしてはっきりとうそをついたのです。
『清子の呪いは全てあたしが引き受ける』
そのとたん、視界がパァッと開け、空気と音が一気にからだに流れこんできたのです。全身の毛穴が開いたかのように、からだじゅうの感覚も戻っていきます。
「清子? 清子!」
おじいちゃんの声が、うるさいほどに耳にひびきました。生まれ変わったように感じる世界に、清子は涙をこぼしながら笑いました。
「ありがとう、おじいちゃん。……ただいま」




