第20話
思わぬミーヤからの質問に、清子はハッと顔をあげました。ミーヤはこの真っ白な空間を、ゆっくりと見わたしていきました。
「だってもとの世界は、もとの人間たちの世界は、うそばっかりだったよ。清子ちゃんがどれだけうそをつかないようにしても、誰も幸せにならなかった。それどころか、清子ちゃんは化け物扱いされて、大好きなおじいちゃんも人形にされてしまった。それでも清子ちゃんは、元の世界に戻りたいの?」
「でも、でもこのままじゃ」
清子の言葉をさえぎるように、ミーヤが続けます。
「このままここにいたら、うそをつかずに生きていけるよ。それに、だれもこの世界ではうそをつかない。わたしたちのこの人形の世界では。人形たちは心を持っているけれど、人間たちのようにだましたり、うそをついたりしないからよ」
「……もしこの世界で暮らすことになったら、もとの世界の清子は、どうなるの?」
清子の質問に、ミーヤはうつむいてしまいました。
「……ミーヤ?」
「もしこの人形の世界で暮らすことになったら、清子ちゃんのからだは、美也子と、影の清子ちゃんに乗っ取られたままだわ。でも、この世界にいれば、もうあの二人のことは関係ないでしょう。清子ちゃんをひどい目にあわせる人もいないし、清子ちゃんは幸せに暮らすことができるんだよ」
熱っぽく語るミーヤに、清子は首をふりました。
「それじゃあだめだよ。だって、あの二人をそのままにしていたら、もっと大変なことになるもん。それに、影の清子ちゃんは、おじいちゃんにひどいことをいったから。そうだ、おじいちゃんを助けないと!」
立ちあがる清子に、ミーヤがいいすがります。
「待って清子ちゃん! おじいちゃんを救うなんて、そんなのできっこないじゃない。それに今戻っても、清子ちゃんは人形のままなんだよ。きっとなんにもできないよ」
清子はミーヤにふりかえりました。くちびるをきゅっとかんで、清子はミーヤをかかえあげました。
「ミーヤ、心配してくれるんだね。ありがとう。でも、清子行くよ。ミーヤがいうように、なんにもできないかもしれない。でも、もう決めたの。清子は、おじいちゃんを助けたい」
「どうして……?」
ミーヤの顔が、泣いているように見えました。清子と目があうと、ミーヤは顔をそむけました。それでも清子は、しっかりミーヤを見たままいいました。
「おじいちゃんがいっていたの。うそつきでも、悪い子になっても、それでも大切なものを守れる自分でいたいって。そうじゃないと、本当に人形と同じになってしまう。だから清子もそうなりたいって思ったんだ。『うそをつかずに、なんにもしない良い子』なんかより、うそをついてでも誰かを守れる人間になりたい。清子はもう人形のままでいたくないの」
ミーヤが顔をあげ、清子を見あげました。やはりその顔は今にも泣いてしまいそうでしたが、ミーヤが首をふると、いつもの笑顔に戻っていました。
「わかったわ。それなら教えてあげる。清子ちゃんが人間に戻る方法を。それに、わたしも清子ちゃんに協力するわ。少しの間だけど、美也子たちの動きを止めることができると思う。その間に、清子ちゃんは自分の元のからだにさわって」
「清子のもとのからだに? そうすれば、いったいなにが起こるの?」
ミーヤは少しためらうように、下を向きました。ですが、すぐに顔をあげて、それから言葉を続けました。
「そうすれば、きっと清子ちゃんは、影の清子ちゃんと会えると思う。そしてそこで、影の清子ちゃんと戦うのよ」
清子の顔がくもりました。影の清子の、あの乱暴な口調や、男の人のような笑い声を思い出し、清子の顔から血の気が引いていきます。
「清子ちゃん、大丈夫? やっぱりやめておいたほうが」
「ううん、大丈夫。ちょっと驚いただけだから。でも、どうして影の清子と戦うの?」
ミーヤは清子を元気づけるように、清子の指にほおずりしました。
「清子ちゃんはこれまで、うそをつかないようにする代わりに、自分自身にうそをつき続けてしまったわ。それがおじいちゃんとの約束を守るためでも、その結果として、あの影の清子ちゃんが生まれてしまったの。だから人形じゃない人間、うそをついてでも誰かを守れる人間になりたいのなら、自分のうそで生まれた影と戦わなければならないの。それで、影を倒したとき、初めて清子ちゃんは人間に戻ることができるんだわ」
真っ白な世界が、すこしずつゆれて、ゆがんでいくのがわかりました。ミーヤのからだが、だんだんとぼやけて消えていきます。
「ごめんなさい、わたし、最初は清子ちゃんに、この人形の世界に残って欲しいって思っていた。せっかくおしゃべりできるようになったんだもの。ずっと一緒にいて、この世界で暮らして欲しいって、そう思っていた。清子ちゃんに、もとの世界に戻って欲しくないって思ってたの」
「ミーヤ……」
きらりと一瞬、ミーヤの目になにか光るものが見えた気がしました。清子がなにかいう前に、ミーヤは首をふって笑いました。
「でも、清子ちゃんは人形として生きるより、人間として生きたいって決めたんだよね。大好きな清子ちゃんが決めたことだもん、わたしも応援したい。力になりたい。だから……清子ちゃん、がんばってね」
それだけいうと、ミーヤのからだはついに完全に消えてしまいました。そして、清子の意識もまた、光の中へ吸いこまれていったのです。
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最終話まであと3話となります。最後までお楽しみいただければ幸いです。




