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4   イケメン様の正体

 わたしと男の人は、図書館塔の外にあるベンチに座っていた。

 わたしが名乗った後、男の人は「ちょっと話してみたいんだけど」と言って、わたしを連れ出した。

 ベンチに座ってから、彼は黙ったまま。

 そっと横顔を覗き込んでみると、やっぱりカッコいいなぁイケメンだなぁと思う。ブルーブラックの髪はアクアマリンの瞳に少しかかって少しだけ憂いを醸し出していた。

 そういえば、まだ名前も聞いていない。

 わたしは意を決して話しかけてみることにした。

「あ、の……。話って、なんなのでしょうか?」

 言ってから少し後悔する。機嫌を損ねてはいないだろうか。

 ふと、瞳がこちらを向いた。

「あ、ああ、ごめん」

 なぜだか、ドキッとする。

「まだ、名前を名乗ってなかったな」

 綺麗な声で、言う。


「僕の名前は、祐樹ユウキ=インヴィアタ」


「………………」

 わたしはその言葉の意味を考える。というか、意味ならもう分かっている。それを信じるか、信じないかは貴方次第――――じゃなくてっ!

「こ、こ、こ、こ、皇太子様ぁぁぁぁぁ!!!!!」

 あやうく、ベンチから転がり落ちるところだった。

 ええ、わたしにもその名前は聞き覚えがありましたよ。イケメンと名高いインヴィアタ王国の皇太子様ってね! じゃなくてなんでこんなところにいるの!

 ああ、なんでわたし顔見て気づかなかったの――――ってそりゃしょうがないかわたし社交知識ゼロだし! ってか皇太子様の隣に座って普通に話しかけてしまいました――――うわぁぁぁどうしよう? ひょっとして王宮に来て二日で追い出されたりしますかっ? あわわ、ごめんなさぁぁぁぁぁぁい!!! それだけは勘弁してーーーー!!!

 …ハッ! 皇太子様が不思議そうにこちらを見ている! なんですかなんですかなんですか!

「えっと…そんなに驚くことだった?」

 なぜか皇太子様は少し寂しそうに笑った。

「それより、貴女は学者団に入られた人だよね?」

「は、はいぃぃっ!」

 皇太子様がわたしのことを名前だけでも知っていただけで驚き! ていうかさっきからビックリマーク連発しまくってる! どうしよう! もうすぐわたし倒れちゃうんじゃ! 今だかつてこんな驚きがあったか? いや、ない!

「やっぱりね。侍女が、綺麗な学者さんが来るって言ってたからそうかなと思ったんだけど」

「そ、そそそそうでひゅか! 光栄です!」

 噛んだ。ていうか、もう限界です! 

 

 体から力が抜けた。

 緊張と焦りで、情けないことにガクンッと……。

 遠くでなにやら皇太子様の声が聞こえた。

 意識がブラックアウトする。


「……か、…か、大…ぶ? 流華っ?」

 ハッとした。

 体が横になっている。頭には、しっかりとした感触。ついでに、嫌な予感。

「うわたぁ! すみません!」

 変な悲鳴を上げて、わたしは慌てて体を起こした。思った通り。わたしは皇太子様に膝枕をされていた!

「えっと、大丈夫? なんだか急に倒れちゃったんだけど」

 皇太子様が困ったようにおっしゃった。

「す、すみません……。こ、皇太子様の前で緊張してしまって…」

 わたしが正直に言うと、皇太子様は憂いの残る横顔で微かに笑った。

「そんな、緊張なんて。それに、皇太子様って言うのもやめてよ。なんだか変な感じがする」

「で、では、なんとお呼びすれば…?」

 皇太子様(?)はわたしの頭に優しく手を乗せた。

「名前でいいよ。その代わり僕も、流華って呼ぶけどな」

「えっと…では、祐樹様?」

 わたしは首を傾げた。いつのまにか、緊張がほぐれている。頭の上の手から安心オーラでも流れ込んでいるのかな。

 皇太子様…ではなく祐樹様は嬉しそうに笑ってくれた。なんだかよくわかんないけど、喜んでくれたのならそれでいいや。

「ところでさぁ」

 祐樹様がわたしの胸の辺りを指した。え、なに?

「『硝子の瞳の少女』……。優里亜、好きなのか?」

 ハッ、そういえばこの本、ずっと抱きしめたままだった。

「はい、大好きです」

 わたしが首を傾げると、祐樹様はなぜか視線を逸らした。

「流華は、なんの学者なの?」

「古文学者と、物理学者を兼任、してます…」

 さっきから話が飛びますねぇ。なんでしょう。

「そっか、じゃぁいろいろ読むんだね」

 祐樹様が視線を『硝子の瞳の少女』に合わせる。

「僕もさ、昔から本好きだったんだ。今も皇太子だからいろいろやんなきゃいけないんだけど、暇ができるとすぐここ来ちゃうんだよな」

 アクアマリンの瞳が遠くを見た。

「っああ、ごめんね。僕のつまんない話なんか聞かせちゃって。もう僕、行かなきゃなんない」

 祐樹様がこっちを見て最高級の笑顔で微笑んだ。

「じゃ、また。ここで会えるといいな」

「あ、はい、また、会えるといいですね!」

 ぽーっとしていたわたしがすでに歩き始めていた祐樹様に呼びかけると、彼は振り返って片手を上げた。


「――――っていうことがあったのよ、汐音。ねえ、皇太子様なんて人があんなところにいていいのかしら?」

 わたしはお昼前、昼食をとるためにまた学者棟に戻ってきていた。

 そこで汐音に髪や服を整えてもらいながら、結構端折って先程の出来事を話してみた。主に、わたしがちょっとドキドキしてしまった辺りと祐樹様の優しい言動の数々を端折った。

「それは勿論、南の庭園は王宮の人たちの休息の場所ですからね、王様だっていらっしゃいますよ。にしても、それは羨ましいですね」

 汐音が鏡越しにわたしに微笑んだ。

「流華様はご存じないかもしれませんけど、本当に祐樹様は年頃の女の子たちに大人気なんですよ? でも流華様、もしかしたら、気に入っていただけたのかもしれませんね!」

「まさか。汐音も祐樹様のこと好きなの?」

「それはトップシークレットです」

 わたしが問うと、汐音は謎の笑みを浮かべた。

「それより流華様、優里亜好きだったんですね!」

「え?」

 思わず訊きかえすと、汐音は先程の謎の笑みとはうってかわって、弾けんばかりの満面の笑みを浮かべた。

「わたし、実は昔の本って好きなんです。特に優里亜とか、数少ないおこづかいをはたいて買っていたぐらいで」

「そうだったの?」

 思わぬところに仲間発見。

 これから楽しいことありそう。


 あ、そうだ。わたしが実は、祐樹様に胸をときめかせているなんて、そんなことはありませんよ?

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