↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/31

3   図書館塔にいたのは

「おはようございます」

 目覚めると、部屋の隅に汐音がいた。そういえば、とわたしは昨日のことを思い出す。

 ふかふかのベッドは最高だった。最初は尻込みしてしまったわたしだが、あまりの心地よさにすぐに眠ってしまった。…やばい、超快適。今までの硬いお布団は何だったんだろう。

「おはよう……」

 わたしは眼を擦りながら起き上がり、ベッドから降りた。

 と、途端に汐音が飛んできた。

「では、こちらにどうぞ」

 わたしを半ば強引に連れ、汐音は部屋のにあったクローゼットのようなものを開けた。

 つい、わたしはあっと言ってしまった。ずっとクローゼットだと思っていたそれは、ウォーキングクローゼットだった。奥行きはさほどないが、右に左に、色も形も様々なドレスやワンピースが並んでいる。

「今日はどれになさいますか?」

 いきなりのお嬢様のような扱いに、わたしは面食らった。わたし、学者だよね?

「あの…汐音? わたしって一介の学者よね?」

 恐る恐る訊いてみると、汐音ははっきりうなずいた。

「そうでございますが?」

「他の学者さんたちもこれくらいしてもらっているの? お嬢様みたいな扱いだけど…?」

「もちろんです」

 汐音はまた、はっきりうなずいた。

「いつも頑張って研究してくださっているのですから、自室ぐらいはゆっくりのんびりお過ごししていただきたいというのが王様のお考えです。拒否権は流華様にはありませんよ?」

「………はい」

 汐音の口振りにも拒否権は無さそうだ。


 結局、選べなかったわたしは汐音にパステルカラーのオレンジのワンピースを選んでもらった。シフォン素材でできていて、腰についている大きなリボンが可愛い。これが普段着になるのだろうか。そう考えると少し不安だ。毎日Tシャツにジーンズだったわたしが少しばかり恨めしい。

 そしてドレッサーに座らされ、髪を梳かしてもらったうえ、軽く化粧までしてもらった。そういえば、昨日まで化粧なんてほとんどしていなかった気がする。つくづくここでの扱いにびくびくしまくりだ。

「朝食はどういたしますか」

 そう訊かれたが、わたしにはどんな選択肢があるのかわからない。

 だから、

「一番手軽なもので」

 と言った。


 普通、食事は一階にあるダイニングで学者団全員でとるものらしい。でも今は、みなさんさまざまな研究に没頭されているそうで、学者棟の地下にある研究室に籠もっていらっしゃるらしい。大変だ。わたしももうすぐそうなるんでしょうけど。

 そういうことなので、朝食は部屋でとった。

 手軽、と言ったおかげか胃に重くないものを用意していただけたようで、すごく美味しかった。サンドイッチがすごく美味しいってどういうことでしょう。

 そして、汐音に今日は自由に過ごしてもらって構わないと言ってもらった。やったー! もちろん、南の庭園のみで、だけど。


 わたしはすぐに図書館塔に行った。

 ふかふかの芝生に気分は右上がり。なにかいいことがありそうだ。

 ルンルン気分でわたしは図書館塔に辿り着いた。

 さすがにここからもスキップで動ける勇気はない。

 ゆっくりと、大きくて重たい扉を開けた。ギィィィ、と古い音がした。

中は、吹き抜けになっていた。壁という壁に本が敷き詰められ、一階部分にはおびただしい量の本棚。ところどころ、入りきらなかった本が床に積まれている。天井はガラス張りになっているようで、陽が降り注いでいた。

 これが、王国一の図書館。

 わたしは圧倒されて声も出なかった。

 だけど、だんだんわくわくしてくる。ここには、どんな本があるんだろう。わたしの知らないなにがあるんだろう。

 わたしは足を踏み出した。


 空気はしんと静まりかえっていた。

 淀んだ空気と、古い本特有の匂い。誰かの微かな息づかいに、ページをめくる音。

ひとによってはこの空気が苦手なんだそうだ。だけど、わたしは好き。ここにしかない独特の空気が。気配が。

 わたしはとりあえず、昔の本がある本棚の方に行ってみることにした。

 きちんと整理された本の背表紙を目で追いながら歩く。すごい。大学にもこんなに無かった。

 わたしの目が一冊の本の背表紙で止まった。

優里亜ユリア=インヴィアタ、『硝子ガラスの瞳の少女』…」

 って…嘘!

 あの、幻の『硝子の瞳の少女』? 世界に八冊しか存在しないという伝説の?

 喉の奥から込み上げてくる悲鳴を押し殺し、わたしは瞬きを繰り返した。 

 優里亜=インヴィアタは、数百年前、この国が戦乱の真っ只中にいたときの王妃様だ。記録によると、金髪に青い瞳をもった、とっても清楚で美しいひとだったらしい。そして彼女はなにより、物語を愛していた。王妃でありながらたくさんの物語を書き、たくさんの人々を楽しませた。優里亜の書いた物語は、今では復刻版など綺麗なものが多数売りに出されているが、この『硝子の瞳の少女』を含む数冊はまだ当時の原本しかなく、マニアの中では喉から手が出るほど欲しいとされるほどの本だ。まあ、そのうち復刻版とかで出るんでしょうけどね。

 わたしはページを捲った。

 昔の文体で書かれているそれは、少し読みづらい。だけど、優里亜の透明な心が丁寧に写し取られたようで、数百年も前とは思えないほど優しくて切ない。

 わたしは座って読もうとページを捲りながら本棚の端に向かった。どの本棚のところにも椅子があったから、この先にもきっとあるだろうし。あ、あった。あそこに座ろう。


 ……とか、考えていたからいけなかった。


 本に夢中になっていたわたしは、床に積んであった数冊の本に気づかなかった。

 なにかのギャグのようにわたしは本に足を引っ掛けた。

「きゃっ」

 気づいたときにはもう遅くて、とりあえず『硝子の瞳の少女』は傷つけないようにと思いながら、わたしは馬鹿みたいに倒れ――――

 なかった。

 思わず目をつぶったわたしの体を、誰かが支えた。


「おい、なにしてる。馬鹿か」


 低くて綺麗な声が耳元でした。

 わたしは目を開けて、顔を上げた。

「えっと…わっ」

 思ったより近くて思わず仰け反った。その上、支えてくれた男の人が、あまりにもカッコよくて、そのまま今度は後ろに倒れそうになった。

「きゃあっ」

「なにしてんだ!」

 しっかりした腕で引き寄せられ、勢いのまま男の人に飛びつくような感じになってしまった。

 なにこれ、ドキドキする。

「すっ、すすすすみません! ありがとうございます!」

 わたしは飛び退いた。そこでようやく、きちんと男の人の顔を見ることができた。

 青みがかかった黒ブルーブラックの髪に優しげなアクアマリンのような瞳。彫りの深い顔立ちで、まとめると今まで会った男の人の中で一番カッコイイ。

 はあ、と男の人が溜息をついた。

「なんて奴だ…。初めて見る顔だな、名前は?」

 わたしは舌を噛み噛み答えた。

「る、流華=シャネリアです!」

 男の人が、片方の眉を少し上げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。