5 対面
汐音に言われて、午後は部屋でじっとしていたわたし。どうやら、急に予定が変わって学者さんたちがはやく研究室から出てこられるかもしれない、ということのようで。
そういうわけなので、『サクラ、散る』を読み耽っていた。
――――行かないでっ! やだ、貴方がいなくなったらわたしはどうすれば……?
――――ごめん。でも、大丈夫。すぐ戻ってくるから。……これを。
『サクラ、散る』は、優里亜=インヴィアタの物語の中では甘々な恋愛小説だと思う。戦いに行く思い人。それを引き留める〝わたし〟。戻ってくるといった彼は、戦場で刺されて死んでしまう。しばらくは悲しみに明け暮れるが、ある出会いによって、〝わたし〟は彼を思いながらも、前を見据えて歩いていく……。
どうしてこんなにも彼女の文章は優しいのだろうか。
思い人が戦場で死ぬという、ひどく残酷なことを描いているのにもかかわらず、わたしは優しいと感じてしまう。
綺麗で、透明で、どこか切なくて。綺麗事を言っているように聞こえるかもしれないけど、本当に優里亜の言葉はひとつひとつが美しい。
昔の本は嫌い。そういう人はまず、優里亜を読んでほしいと思う。
学者として研究を進めるかたわら、たくさんの人に本を、昔の本を好きになってもらいたい。
心から、そう思う。そう願う。
わたしのお腹が若干の空腹を訴え始めたころ、わたしは本を閉じた。
すごく良かった。これは速く綺麗にして売るべきですよ。絶対売れますよ。
「流華様」
そのとき、汐音が扉の向こうで言った。グッドタイミング。壁に目でもあるのかな。
「なに?」
「お菓子があるのですが、お召し上がりになりますか?」
「お菓子!」
わたしは汐音の言葉に飛び上がった。何を隠そう、わたしは甘~いものが大好きなのだ! 要するに、お菓子が大好きなのだ!
本を読んでいる間座っていた椅子から降り、扉を破らんばかりの勢いで開ける。
「食べたいわ!」
「そ……そうでございますか。では、今お持ちいたしますので」
わたしの迫力に若干引いてしまった汐音。あわわ、驚かせてしまったかな? 女の子らしくない顔になってたらどうしよう。
なんて、くよくよ今更のように悩んでいたわたしだけど、汐音の足音が聞こえてきたときには綺麗サッパリ、忘れてた。
「はわ~、幸せ~」
わたしはマドレーヌをもふもふ咀嚼しながらつぶやいた。顔がとろけきってる自信あり。
焼き立てでほかほか、黄金色のマドレーヌは甘くてほくほくで本当に美味しい! 王宮だからこんなに美味しいものが食べれるのかな?
子供を見つめる母親のような瞳でわたしを見ていた汐音が説明してくれた。
「これは東の殿専属のパティシエが作っているんです。お菓子作りの腕は超一流の、最高の味ですよ!」
続いてわたしは色とりどりのマカロンを手に取った。まだほんのり温かい。口に入れると、甘みが広がってしゅわっと溶けた。
やば。超幸せ。
それからわたしは、学者棟の中を歩いてみることにした。一応、変なところに入ってしまうといけないので、汐音が隣に控えている。
学者棟は地上三階、地下一階建て。二階と三階は学者さんたちの居住スペースとなっており、わたしは三階の端っこの方の部屋だ。
一階は、食堂と十ほどの会議室、実験室がいくつかある。学者さんたちの語らいの場、仕事の場だ。
地下一階はたくさんの研究室&実験室。ここも学者さんの仕事の場だ。
どうやら今、一階の部屋はほとんど使われていないらしい。何ヶ所か、話し声が聞こえたところもあったけど、汐音によるとほとんどは地下の研究室や実験室に籠もっているらしい。
早くお会いしたいなぁ。
だけどどうしてもすることが無くなって、わたしは部屋に戻った。汐音は仕事があるのでどこかへ行ってしまった。
だらだらと部屋のソファーに沈み込んで時間を潰した。こんなことならもう一冊本を借りてくれば良かった、と今更後悔する。ふかふかのソファーは快適だったけど、やっぱり――――
「暇! 暇ぁ!」
ふかふかのソファーの上で誰もいないのをいいことにバタバタ暴れるわたし。なんて醜いんでしょう、なんてねっ!
そのとき。
「……誰?」
扉の向こうで、男の人の声が聞こえた。
わたしは一瞬にして凍りついた。え。え。ええっ!
「開けるよ」
「え、え、ええ、ちょっと…」
わたしがなにか言う前に、扉が開いた。せめてもの悪足掻きで、立ち上がって乱れた服と髪を整える。
「あっ……」
目が合った。
そこにいたのは、キラキラの金髪に鳶色の瞳をした、凛々しい男の人だった。
「ご、ごめんなさい」
謝られた。
「い、いえ、そんな…わたしがうるさくしていたのがいけなかったです」
わたしは数十秒前に暴れたわたしを恨む。もう今更どうしようもないけどね。
「ここに女性の方がいるとは知らなくて…。あの、流華=シャネリアさんだよね?」
言いながら、目を逸らす男の人。今日は男性との出会いが二回目ですよここが王宮だからでしょうか? でもこの方、ここにいるってことは学者さんだよね?
「え、ええ…。わたしのことご存知なんですか?」
「うん。昨日から新しいひとが来てるって聞いてたから」
そうなんだ。まぁ、そうだよね。
「俺は颯哉=リトポール。君と同じ物理学者。これからよろしくね」
「は、はい。よろしくお願いします……リトポールさん」
ふふ、とリトポールさんは笑った。
夕食の準備ができた、と汐音に呼ばれた。
ほかの学者さんたちも出てきてくださるそうで、わたしの初披露みたいな感じになる。
ちょっと緊張した。
食堂の長ーいテーブルの端っこの方の席に座って待っていたら、時間が経つにつれ、年代の様々な男性の学者さんたちがわたしに挨拶をしながら座っていって、席が埋まっていった。彼らの話によれば、女性の学者さんは、一人だけいるらしいんだけど、今日は大切な学会に出られるのでいないんだそうだ。
にしても、みなさん優しそうな人たちばかりで安心した。
「わたし、流華=シャネリアはこれから王宮直属学者団の一員として、頑張っていきます!」
という挨拶をさせていただいた。
3/25 諸事情により、流華が読んでいる本の題名を変更しました。




