6 実験室、研究室
その次の日から、わたしは仕事に関わらせていただくことになった。
今日は物理学者さんと実験室に、明日は古文学者さんと研究室にいる予定。
物理学者さんは、わたし以外に3人いた。
ひとりは、昨日挨拶した颯哉=リトポールさん。
そして、ひげもじゃ髪もじゃの40歳ぐらいの男性の、稔=アンゲアさん。
あと、対照的におでこの面積が広い――――つまり禿げ…じゃなくて、髪の薄いおじいさんな次郎=ロレンスさん。
みなさんとっても素晴らしい方で、わたしの憧れです!
「今はね、光学の実験をしているんですよ」
怖い目つきに対してとっても優しい方だというロレンスさんが、今使っている実験室の、実験器具を見せてくれた。
はっ、目がキランとしたかもしれない。
装置がすごい!
精密で、しっかりしてて、トニカクヤバイ感じです。
「これについて、せっかくなのでさっそくシャネリアさんの考えを聞いてみたいんですけど…。ほら、これをこうしてるんだけどイマイチ上手くいかなくて。どうすればいいと思います?」
ロレンスさんが装置を説明してくれた。
「えーっと……」
サッパリ分かんないです。でもそんなこと言えない。
「なんか、光が上手く進まないんだよな…。なんででしょうか?」
アンゲアさんが髭を引っ張りながら訊いてくる。
わぁ、あの髭引っ張ってみたーい。…じゃなくて。
ピンポーン。閃きました!
「たぶん、ここが上手くこうなってないからだと思います。えっとほら、こうすれば……」
こうして、時間が過ぎていく。
正直なところ、みなさんと一緒にもうちょっとやっていたかったんだけど、
「今日はもういいよ、ありがとう。心配しなくても、もう、すぐ不規則な〝実験室籠もりver.〟の生活になるからさ」
と、リトポールさんにウインクと共に送り出されてしまい、帰らざるを得なくなってしまった。……チッ!
次の日は、古文学者さんと研究室に行った。
古文学者さんは、わたし以外に二人。だけどそのうちの一人は大学の教授もやっているのでここには住んでもいなくて、休日に顔を出してくれるぐらいなんだそうだ。
そういうわけで一人でやってた古文学者さんは凍砂=ジュナカリエさん。まだ30歳だそうで、癒し系な顔が印象的だ。
凍砂さん――――名字が長いので、みんな名前の方で呼んでいるらしい――――が、今一人で研究しているという本を見せていただいた。
「レトニア記――――この間王国の南の方で見つかったばかりの本です。地質から特定すると、千年ぐらい前の本ですね。別の記録によると、レトニア記はインヴィアタと南の国ナングリットの戦争をレトニアというひとがまとめたもの、ということになっています。名前だけは、聞いたことないですか?」
あります! 大学で、教授がうっとりしながらいつかは自分も手に取って読んでみたいとか言ってました! 告白すると、わたしも同じこと思ってました!
「ただですね、レトニア記は当時使われていた複数のどの言語とも一致しなくてちっとも解読が進んでいないんですよ。歴史的にも貴重なものなので隣の研究室にいる歴史学者たちにも早くしろと言われていて……まっ、頑張りましょうね!」
すごい人であるのに、凍砂さんは簡単に、何の根拠もなさそうな瞳で笑った。
この人との研究は、楽しそうだ。
凍砂さんには、夜になっても追い出されなかった。なんだかんだ言って、連日一人で古文書と格闘するのはかなり寂しいらしい。…でしょうね。
途中で汐音と、凍砂さん付きの侍女さんが簡単な夜ご飯を持ってきてくれた。美味しかった。わたしが大学生の頃毎晩頑張って作ってた料理より美味しかった。ちょっと悲しい。
そういうわけで、二人であれこれ言いながらレトニア記の解読に勤しんだ。こうやって解読された本が、世の中に出回ったり研究材料として出回ったりして人々を喜ばせたり、驚かせたりするんだなぁと思ったらちょっと嬉しかった。わたしがよく読んでる優里亜の本とかも、誰かが解読したんだろうな。昔の字って、なんでもややこしくて暗号みたいだもんね。その人たちに、感謝。
二人でいると、何人かで作業しているときよりとっても気が楽。凍砂さんもとってもいい人だったので、研究&解読の合間にいろいろ話を聞いた。
「王宮直属学者団って……実際、どんなことしてるんですか? わたし、そういえばあんまり聞いてなくて」
と訊けば、
「基本的には上から降りてくる課題と、自分たちがやりたい研究をすることです。あとは、月に二回ぐらい高等学校に行って特別授業をしたり」
と丁寧に返してくれる。
わたしは、気になっていたことを訊いてみた。
「休みってどれくらいあるんですか?」
これは大事だ。
「そうですねぇ……」
凍砂さんが首を傾げて思案した。
「人それぞれですけど、週に二日は休めますよ。しかも頑張って研究を終わらせてしまえば三日だって四日だって休めますからね、みんな頑張ってるんですよ。ただ、そうやってアバウトな分、あれこれ立て込むと週に半日しか自分の時間が持てないって時もありますね」
「へぇ~、そうなんですね~」
しっかりと教えてくださった。そっか、頑張れば休めるんだ。よし、頑張るぞ!
そんなこんなで、結局キリを付けて研究室を出たのは真夜中だった。もう日付も変わっている。でも楽しかった。
そう正直に凍砂さんに言ったら、癒したっぷりの笑顔で喜んでくれた。
「また明日」
「はい。おやすみなさい」
わたしと凍砂さんは二階の階段で別れた。
そして、わたしは部屋に戻った。
「お帰りなさいませ。ずいぶん遅かったですね」
汐音に労いの言葉をかけてもらう。わたしは軽く返事をしてベッドに倒れこんだ。意外と疲れていたのかも。
「お風呂の準備はしておきましたので、早く入ってお休みになってください」
「ありがとう……」
汐音の厚意に甘えてベッドから無理矢理体を起こす。このままでいるともう寝てしまいそうだ。それに、汐音も休めない。
わたしはタオルを手に脱衣所へ向かった。




