29 王都で見つけた、
朝起きると、ベッドの枕元に紙袋が置いてあった。覗いてみると、なんと昨日惚れちゃった砂糖菓子さんたち。汐音の細やかで子供っぽいサプライズに朝からにこにこしてしまって、起こしに来てくれた汐音に抱きつきそうになるのをギリギリで堪え、普通にお礼を言った。汐音はやっぱりわたしをびっくりさせようとしてくれたらしく、
「流華様の驚いた顔と笑顔を見たかったのです」
と言った。嬉しい。
どこか、北の国の民話を思い出す朝だった。一年のうち決まった日、赤い服を着た髭のおじいさんがトナカイのそりに乗り、子供たちにプレゼントを配るという心温まるお話を。
夏季休暇は、あと四日。
今日は王都に出て遊ぶことにした。
汐音に風通しのいい柔らか素材のブルーワンピをチョイスしてもらい、髪の毛を丁寧に結ってもらう。本日は、三つ編みをした髪を頭の横でくるっと丸めておだんごにしてくれている。ワンピースと同じ、青いシフォンのリボンを結んでもらって完成。
汐音はやっぱりわたしに護衛を付けてくれると言ったけど、わたしも笑って遠慮する。護衛なんか付いてたら、買い食いができないじゃないか!
外に出ると、終わりかけの夏の空気がわたしを包んだ。
暑さを持ちながらも、どこか甘くて優しい、柔らかくて涼しい風が、青いワンピの裾をゆっくりと揺らした。
今日は馬車も遠慮したので、てくてく歩いて王宮を出る。
王都は、今日も以前と同じようにガヤガヤと人々の熱気にあふれていた。
「お嬢さん、これはいかが?」
道端で異国風のデザインのものを売っている、ふっくらしたおばさんに声を掛けられる。
エキゾチックな、原色に近い色合いをした品々が、シートを敷いただけの地面に所狭しと並べられている。
見慣れない色合いに目を引きつけられていると、
「これなんか、似合うと思うがね」
おばさんが指差したのは、三角形に近い形をした、玉がたくさんついたものだった。
「何ですか、これ?」
わたしが尋ねると、おばさんがにかっと笑った。
「ブレスレットじゃよ。ほれ、着けてみな」
到底ブレスレットには見えないそれを半信半疑で受け取り、試行錯誤しながらはめてみる。
濁った水色、茶色、赤、オレンジなどの大きさも様々な玉が手首から中指にかけて細くなりながら連なり、中指には柔らかいひものようなものがはまっている。
なんか――
「お洒落だろ。あたしの祖国じゃ大人気のアクセサリーなんだよ」
「はい、とっても素敵です」
大変困ったことに、わたしはこのブレスレットを気に入ってしまった。おばさんに代金を払い、頭を下げる。
「ありがとうございます」
「いんや、こっちこそありがとね」
お値段もお手頃だったし、いい買い物をした。
しばらく歩いていると、汗が出てきた。終わりかけた夏、涼しげな風が吹いているからと言って暑さは消え去ったわけではない。
太陽が真上にある。そろそろお昼かな。
わたしは目に付いたカフェに入った。
店内は、まばらに人が入っている。二人席に通され、アイスティーとサンドイッチを注文した。
日の当たらないここは、空気がひんやりとしている。騒々しい表と違い、空気の流れもゆったりとしていてくつろげた。
さっき買ったブレスレットをはめたり、揺らして微かな音を楽しんでみたり、しげしげと見つめてみたり、玉の数を数えたりしながらひとりにやにやしていたら、アイスティーとサンドイッチが運ばれてきた。
アイスティーにはレモンを浮かべ、ゆっくりと変わってく色を見る。深かった透明感のある茶色は、日が差していくようにゆっくりと明るく、薄くなる。飲んでみると、レモンの爽やかな香りがそっと鼻を通り抜けた。
サンドイッチは、普通の卵サンドと、生ハムやレタスを挟んだものがあった。シンプルだけど美味しい。
わたしはカフェで存分にくつろぐと、また喧騒に戻った。
そうしてぶらぶらしていると、ふと本の山が目に留まった。本屋さんだろうか。
人の波をかき分け、店の前に辿り着く。中を覗き込むと、紙の香りがした。
そういえば本欲しいなぁ、と思い、わたしはその本屋さんに足を踏み入れた。
店主は、ありがちといえばありがちな、老いた男性だった。頭の上は寂しいのに髭だけはたっぷり蓄えている。彼は、店の奥で眼鏡を掛けて分厚い本を読んでいた。
いくつかの本を見てみたが、新しい本と古い本とが混在しているようだった。
良いところだ。
本の香り。ずっと昔から続いているような、時の流れを感じる柔らかな空気。
――どこか、王宮の図書館塔のような。
そんなことを考えてしまい、不意に鼻の奥がツンとする。わたしが拒絶したものが、ぐるぐると巡り始める。変貌した彼、狂った美女。知っていたはずの貴族社会の実態。そして、逃げたわたし。
わたしは慌てて、首をぶるぶる振る。記憶を遠い彼方へ飛ばす。わたしの心に干渉しない所へ。けれども、それはわたしから染みついて離れない。理由は分かっている。わたしが、大切にしたかった気持ちが混ざっているから……。
今持っていた本を本棚に戻し、別のジャンルの所へ移動する。新しい雑誌が積まれている。ふと、見覚えのある表紙が目に入った。
インヴィアタ王国周辺の国々から集められた論文や研究時の諸々などが載った、学者のための雑誌である。
ぱら、とページを捲ってみる。
最初に目に飛び込んできたのは、隣国の研究チームがやっていた研究についての論文である。すごく見やすくて、分かりやすいし、筋が通っていて――
わたしは目を疑った。
『桜子=アルフェリータ』
代表者の名前は、そう記されていた。
混乱する。
これは、隣の国の研究チームがやっていたことなのに? いつのまにか研究を始めて、あっというまに追い抜いてしまったというのか? 一年前まで大学生だったのに?
でも、この研究には、あまりにも時間がかかる。何年も前から始めていた研究なのだ。いつから始めていたの?
そして、桜子さんは、どうしてわたしに教えてくれないの?
物理学の臨時講師をしていたことも、新しい研究をしていたことも!
同じ業界にいる者同士なのに!?
梨菜の言葉が思い返される。
――いわゆる、ゴーストライター、とか。人の研究結果とかレポートとかを盗む、とか。
盗んだの?
嘘だ。
そんなこと、するわけない。
こんな、あからさまなこと。
するわけない、のに。
疑惑が膨らむ。
わたしは雑誌を戻すと、逃げるように本屋を出た。
空が、赤く染まりかけている。
早く帰らないと。汐音に怒られちゃう。
汐音の怒る顔と、桜子さんの笑顔が頭の中で浮かんでは消える。
駆け出す。
石畳で転びそうになる。それでも走る。歩いていたら、余計なことを考えてしまいそうで。
信じる。信じるから。信じたいから。桜子さんのこと。
天才だから、あっというまに結果が出せたんだ。本当は前から研究をしていたけど、わたしを驚かせたくて黙っていたんだ。そうに違いない!
王宮に入って、わたしはようやく足を止めた。運動不足の体は、悲鳴を上げている。
ひどく重い足を引きずりながら学者棟に入り、自室に辿り着いたわたしは、汐音の制止も聞かずにベッドに倒れこんだ。
汐音が何か言っている。
今は、
何も考えずに寝させて。




