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14  久々の

 朝起きると、雨音がしなかった。思わず窓の外を覗くと、低く垂れこめた雲の隙間から日差しが差し込んでいる。雨が降っていなかった。

 わたしは小躍りした。一週間以上降り続いていた雨が止み、日差しが天の恵みのように思えた。

「いやっほーぅ!」

 ベッドから跳ね起きる。その音で気づいたのか、扉から汐音が駆け込んできた。

「流華様!」

「あらー、汐音。おはよう」

「おはようございます。今朝はテンションがお高いですね」

「そりゃそうでしょ!」

 わたしは寝間着のままくるりとターンした。

「雨が降ってないのよ!」

「…ですねえ」

 汐音が苦笑した。そうだよねえ、いつも朝はげんなりもそもそしているわたしとは思えないよねえ。

「今日はどのドレスに致しますか」

「そうねえ……」

 わたしはウォーキングクローゼットの扉を開いて思案した。でも、いつもありすぎるドレスに目が眩んで結局汐音に選んでもらうわたしだ。早々にドレス選びを諦め、汐音にバトンタッチする。

「汐音の好きなのにして?」

「かしこまりました」

 しっかりお辞儀をする汐音。でもそこはかとなく嬉しそうだ。良かったね、わたしに似合うやつを選んでくださいな。

 汐音がウォーキングクローゼットに入ってあれこれ考え始めたので、とりあえず布団を畳む。きっとあとで「流華様は座って本でも読んでいらしたらよかったのに!」とか言われるだろうけど、暇潰しなんだからここは目をつぶってほしいところだ。

 わたしがベッドの上でごろごろしていると、満面の笑みの汐音が出てきた。

「今日はこれに致しましょう!」

 汐音が高々と掲げたのは――明るい水色のシフォン素材でできたワンピースだった。促されるまま着ると、ふわふわした素材が肌に心地いい。今日も汐音の目は健在だ。最近わたしのことを可愛いとか言ってたから内心心配してたんだけど、その心配も杞憂だったようだ。

「いやはやー、今日の流華様もお美しくていらっしゃいますねー」

 わたしは沈黙した。


 今日は久々の晴れということで、臨時休暇になった。嬉しい。

 街に行こうかと思ったんだけど、その前に図書館塔に行こうと思い立った。そろそろ本が読みたくなった気分だ。

 汐音に一言告げ、朝食後すぐに図書館塔へ向かった。

 地面は連日の雨でぬかるんでいたので、芝生や砂利のところを器用に通りながら図書館塔へ。

 わたしは、ひっそりと冷たい大きな扉を押した。


 図書館塔の中はいつも通りだった。

 湿度が高いからか、しっとりとした空気が気持ちよかった。朝早いからだろう、人の気配はない。わたしはゆっくりと書架を回った。

 時間があるので、全く読む気もない分類の棚まで意味もなく眺める。湿気で本が少しふにゃふにゃになっていた。夏になれば、ぱりっといつも通りになるんだろう。

 巡り巡って物語の棚に来た頃、図書館塔の扉が開く音が響いた。きぃ、と錆びた金属の音。誰だろうこんな時間に、とわたしは首を傾げて、書架に視線を戻した。

 この間の特別授業のときに凍砂さんが熱ぅく語っていたせいで、ジニー・ル・ディスが読みたくなったのだ。でもなー、雨のせいで心が陰鬱になってる気がするから、明るくなれるのにしようかな。だったら優里亜のほうがいいかなぁ。でも優里亜はだいたい読みつくしたしなぁ。

「新しい作家開拓しようかな」

 突然思い立ち、わたしはその書架を離れた。ぐるぐる回りながら、現代小説の棚まで行き着く。今日は久しぶりに今どきのを読んでみよう。

 しかし、そこには先客がいた。

「――祐樹様」

「……ん」

 つぶやくように祐樹様が振り返った。

「あ、流華」

「お久しぶりです」

 わたしがぺこりと頭を下げると、本を持ったまま近づいてきた。

「ん、久しぶり」

 そのままなぜか、ぽすぽすと頭を叩いてくる。

「……」

「……」

「……あの」

 わたしが訝しがって声を出すと、祐樹様が首を傾げた。

「何?」

「なぜわたしの頭を叩いているのですか?」

「えー……」

 祐樹様が楽しそうに笑った。

「久々の流華が、可愛いから?」

「………」

 わたしは沈黙した。どうしてだろう、どうしてわたしの周りには変な人が多いんだろう。汐音もそんな感じのことを言ってた気が……。

 でもこっちは絶対からかってる。乗るわけないでしょうが。

「それはーありがとうございますぅ」

 気の抜けた返事をすると、祐樹様はちょっと不機嫌な顔になった。この返事じゃお気に召さなかった? 何だっていいんだけどさ。

「ところで、この棚でおすすめの本とか、ありませんか?」

 わたしは話題を変えた。強引じゃないよ。

「おすすめ……」

 祐樹様は首をひねった。そのまま棚の方に二歩、三歩。うろうろしてから、一冊の本を抜き取った。

「これ。西川にしかわ麻里まりの『偽りの街の真実』ってやつ。西川麻里って知ってるかな、マイナーなんだけど極東の島国の作家なんだ。なんてーか、独特の語り口に飲まれるんだよな」

 うんうんうなずき、わたしにその本を渡してきた。表紙には廃墟のような街とぼろきれを身にまとった少女が描かれている。

「…祐樹様のおすすめでしたら、読んでみます」

 わたしがそう言うと、嬉しそうに祐樹様も言ってきた。

「それは嬉しいね。読み終わったら感想話そうな」

「はいっ」

 こんなやり取りをつい最近したような気がする。思い出そうとして、結局ちっとも出てこなかった。

「じゃ、またな」

「はい、また」

 軽く会釈をしてわたしは図書館塔を出た。


 一度学者棟の自室に戻ると、次は街に出かけてくると汐音に言った。とても珍しそうにしている。だよねー、そういえばわたしが王宮の外に出るのって初めてだもん。

「護衛を付けますよ」

と心配して言ってくれたけど、丁重に辞退した。そんなんじゃ、ひとりで気ままに散歩できないじゃない。王都で美味しいもの食べたり珍しいもの見たりしたいな。

 汐音があまりに心配するので、目立たないように大きな帽子を目深にかぶり、黒いショールを巻いていくことにした。門のところで門番に行き先と名前を言ってから外に出る。


 そこは、王宮のゆったりとした空気が嘘のように賑わっていた。

 店が軒を連ね、石畳に風呂敷をひいてそこに商品を並べているところもある。人々の顔に笑みが溢れ、すべてが弾け飛んでしまいそうになった。

 思わずスキップになり、小さく鼻歌を歌いながら店を見て回る。手作りのアクセサリー屋さん。昼間から騒がしい酒場。対照的に貴婦人の集まるカフェ。珍しい南国の果物が売っている店。

 わたしは南国の『まんごー』とかいう果物を買ってまた人混みに紛れた。甘くて濃厚なまんごーの香りに酔いそうになる。美味しい。やばーい☆

 そんなこんなで独り歩きを満喫しているとき、どこかからわたしの名前が聞こえた、気がした。

 そんな人、いるわけないのになぁ。

 そう思って足を止めずに歩き続けていると、はっきりと聞こえた。

「流華ー!」

 わたしはゆっくり振り返って、

桜子サクラコさん!」

 その人に抱きつかれた。


「まさか、こんなところで流華に会えるなんて思いもしなかったわ」

 場所は変わって、某カフェ。

 わたしの向かいでは、それはそれは見目麗しい銀髪にシルバーピンクの瞳を持った妖艶な美女が頬杖をついてしどけなく息をついている。

 どこの娼婦だと言いたくなるが、彼女はアルフェリータ侯爵家の次女である。ウチより格上だ。

 なぜ社交界に出ないわたしが彼女を知っているかというと、大学で一緒だったのだ。だから、いくつか年上だ。ええと……分かんないけど二十歳は軽ぅく超えている。だから呼び捨てにはできないのです。

 桜子さんは艶めいた仕草で紅茶を飲んでいる。ただそれだけで絵になるのが羨ましい。

「にしても流華、綺麗になったわね?」

「……それは、わたしへの嫌味と取っていいの?」

「なんでそうなるのかしらね?」

 いやいやいや。その綺麗すぎるお顔に素晴らしいパーフェクトなボディを持ってして何を言いますか。この、平凡なわたくしめに!

「ほんと流華って面白いわよねぇ」

 わたしの思いなど露知らず、桜子さんはにやにや笑っている。なんだよなんだよ。

「皇太子様となんかいい感じらしいし。あたし、この前のスプリングパーティー行けなかったのよねー。なんでだろ、そういうこと起きるって知ってたら絶対行ってたのになぁ」

「意味わかんないよ」

 わたしが当然の反応を返すと、

「ああんもうっ、流華にチュッてしたくなるぅ~!」

「なっなんでぇ?」

「まだキスしたことないわよね?」

「ななっ、ないけど!」

「じゃあやっぱりあたしが流華の最初奪っちゃいたくなるぅ~!」

「はい~?」


 というわけで、この不毛なやり取りはもうしばらく続くのである。

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