12 颯哉=リトポールのあれこれ〈颯哉side〉
やっぱ、可愛いと思うんだよなぁ。
頭の中で、プラチナブロンドにアメジストの瞳の少女の姿がちらつく。
って、ダメだダメだ。仕事に集中しないと。
でもなぁ、最近凍砂の奴と仲良さげなんだもんな。凍砂さん、流華ちゃんの関係だし。俺はリトポールさん、シャネリアさんなのに。
しかも、噂によればスプリングパーティーで皇太子に助けられたとかさ。そのうえ、そのあと皇太子に誘われて二人っきりで庭園の散歩に出かけたとかさ。
じゃなくて、仕事仕事。ロレンスさんに叱られてしまう。
ああ、でも、ほんと可愛いよなぁ。あの儚げな感じがすごいキュート。でも15歳のくせにやけに大人っぽいしさ。なんか、すっごい細いのに意外と胸は大きかったって聞いたし。
違う、そうじゃなくて。実験に集中しないと。俺がぼーっとしてちゃダメだっての。シャネリアさんが戻ってきたときにちゃんと仕事してないと。
あーー、どうすれば仲良くなれるんだ? 名前で呼んでくれるようになるんだ?
俺、低めに見積もっても男として美男子に入ると思うんだけど、あと何をどうすればいいんだ?
うあぁぁぁああぁぁあ!!!
その夜。
「何、颯哉また流華ちゃんのこと考えてるでしょ。顔が蕩けてる。今僕が何話してたか覚えてる?」
突然その言葉に俺は現実に引き戻された。てか、流華ちゃんって呼ぶな。俺が言える筋合いではないが。
「何のことだよ」
「じゃあ今、僕何の話してた?」
凍砂の言葉に俺は一瞬迷って言い切る。
「この間の特別授業のことだろ?」
「どこの学校の?」
「……っ」
間髪いれず返してきた凍砂に言葉が詰まる。覚えてない。というか聞いてない。
「ほら、やっぱり聞いてなかったんじゃん。そういうときは嘘つかずに、聞いてませんでしたって正直に言った方が身のためだよ」
この凍砂と言う男、普段はゆるほわ系の人畜無害そうな顔をして、実は切れ味のいいナイフのような奴だ。もう少し分かりやすく言うと、人の急所を突くのが上手い。神業だ。
「行ってきたのは、王立ラムダ高等学校だよ。流華ちゃんの母校なんだってさ」
溜息とともに、凍砂が言う。そこに、いつものほわほわスマイルは見受けられない。裏表激しいよな、こいつ。いや、両方とも表なのかもしれない。相手によって態度を変えているというわけではなく、俺にはこの態度が楽で、シャネリアさんとかその他女子とかにはほわほわの方が楽なのだ。
「で、何なわけ? そんなに流華ちゃんのこと気になってんの? というか好きだよね?」
だからお前、なんで流華ちゃんって呼んでるんだよ。俺が言える筋合いじゃないけど。
俺はぶっきらぼうに答える。
「違う。そんなことはない」
「うわー、顔も耳も真っ赤だよ。本当、颯哉って嘘つけないよね」
明らかにからかっている口調の凍砂。こいつ、むかつくな。初めて会った時からそう思ってたけど。
そういえば、こいつと出会ってからもう5年くらいは経っているのか。時間が過ぎるのははやい。
俺と凍砂はいわゆる同期だ。年齢も一緒。物理学者と古文学者で学問に関しては全く話が合わなかったし合わないことに気づいてからは話をすることもない。
だけど、その年のたった二人だけの新入りだったので、自然と仲良くなった。部屋が隣だったこともあり、その日の出来事をどちらかの部屋で話したり。あぁ、あの頃は若かった。今もまだ若いけど。
ただし、最初の最初から俺も心を許していたわけじゃない。
初めて見たときは、何だこの緊張感のない馬鹿そうな奴は、こんな奴が同期で俺と一緒に学者団に入るのかと本気でそう思った。
しかし、奴は初日から素晴らしい閃きと頭脳を発揮し、先輩学者さんたちを驚かせたという。これには俺もその力を認めざるを得なかった。その初日、俺は大したこともできずに終わっていたのだ。
だがこれで火がついた。あんなやつでもできるのだから、俺にできないはずはない。そう思って頭を毎日毎日絞って絞って、今の優秀な俺がある。自意識過剰とかじゃなく、だ。
で、学者団生活も波に乗って5年、15歳の少女が来ると聞いてものすごく驚いた。彼女は15歳で王立大学を首席卒業の見込みで、物理学者と古文学者を兼任するという。
俺と凍砂の驚きようったらなかった。騒いで騒いで、隣の部屋の人とさらに隣の人にも怒られた。そうして小さな声で話し合った結果、きっとその少女は野暮ったい眼鏡を掛けた地味な子に違いない、という妙な結論に達した。学者団の優秀な二人が真面目に話し合ってそうなったのだから全くあの時は馬鹿だったと思う。
という勝手なイメージを持っていたので、変な叫び声がする部屋を開けてみたらとんでもない美少女がいたときには卒倒するかと思った。
何かの間違いだと思ったが、学者団にこんな小さい女の子はいないし、家族に少女がいる人もいない。間違いではなく、本当にその美少女こそが、後にこの俺に恋をさせ――――オホン、何でもない。本当に素晴らしい能力を発揮したのだから、これは恋に落ちても仕方がな――――ゴホゴホ、風邪だろうか? これは先輩方も目を丸くし舌を巻くはずである。
「何々、何で颯哉ひとりでうなずいてるの? 怖い。怖いよ。どうした、変な妄想したの?」
「違うわ」
今のは本当に違う。なのに凍砂は首を傾げている。
「う~ん。でも嘘じゃなさそう。どこも赤くなってないし……」
非常につまらなそうに言う凍砂。なんて腹黒いんだ。
そのとき、凍砂がぽんと手を叩いた。
「あ、そうだ。いいこと教えてあげようか」
「いいや、いい」
俺は即答した。経験上、いいことと言っていいことだったことは皆無に等しい。信用してはならん。
「あれぇ、いいの? 流華ちゃんに恋愛について――」
「前言撤回。あれは舌が勝手に滑っただけだ。とりあえず聞かせてくれないか?」
ここは、凍砂の罪をきちんと知っておかなければ。でないと罰も与えられない。しれっとした顔で言うと、凍砂は可笑しそうに笑った。
「ほんと、颯哉って分かりやすい」
「はやく言え」
「はいはい」
凍砂が笑った。
「流華ちゃんにね、『僕の知り合いでさ、好きな女の子がいるらしいんだけどそういう経験が無くてどうやってアピールすればいいか分からないらしいんだ。だから女の子の立場としてどういうことされたらいいとか教えてくれない? 流華ちゃんが、でいいから』って訊いたんだ」
「ふむ」
「そしたら、『やっぱり話が合う人がいいですね。楽しいから』って言ってたよ。あと『いつもぶっきらぼうなのに突然優しくされるとドキッとしちゃうかな』だってさ」
なるほど、なるほど。
「それと、『そういえば流華ちゃんのタイプってどんな感じ?』って訊いたら、『カッコよくて優しい人ですね。わたしを大切にしてくれる人がいいです』って言ってた」
「うん、うん」
凍砂、たまにはいいことするじゃないか。
俺がにやにやしていると、凍砂が顔を近づけてきた。
「あ、そういえば、『じゃあ颯哉とかどう?』って訊いてくるの忘れちゃった」
「やめろーーーーーー!!!!!」
俺の悲鳴が学者棟に木霊した。
その後、7件の苦情が寄せられてあたふたしたことは別の話である。




