11 続・特別授業
講堂に入ると、見覚えのあるお洒落な制服に身を包んだ生徒たちがざわめいていた。
凍砂さんが先に教壇のところに行って、わたしにも来るように促した。わたしもうなずいて教壇のところに立った。
初めて立つ、「教える側」の立ち位置に少し緊張した。
チャイムが鳴る。
生徒たちが一斉に静かになった。そして、わずかにざわめきが広がる。
「こんにちは! 王宮直属学者団の凍砂=ジュナカリエです。今日は1時間よろしくお願いします」
わたしから見ると若干偽物な笑顔を浮かべて凍砂さんが言った。ぱらぱらと沸く拍手。凍砂さんがわたしのほうにちらりと視線をやる。
「こんにちは! 同じく王宮直属学者団の流華=シャネリアです。よろしくお願いします」
お辞儀をすると、生徒たちの方から拍手がしっかりと聞こえた。
ああ、受け入れてもらえた――――そう思うと嬉しかった。
今日は語り尽くすぞ! みんな、覚悟しろ!
「……恋愛小説を好きなひとは多いですよね? そんなひとは絶対に面白いと言ってくれると思います。シャボン玉のように儚くて、淡い。すれ違う少年と少女の哀しい恋に、みなさんも心を惹かれませんか? 昔の本だから難しい言い回しだし、読みにくそう…とか思っているのなら、それは違います。優里亜=インヴィアタの物語は、とっても透明で、繊細で、柔らかくて、特に女子は好きになれるひと、多いと思います。心の中の複雑な気持ちを、丁寧に、優しく描いているんです。昔の本だからって、舐めてはいけません。読んでる途中も、読み終わっても、この切なさと温かさに涙が出てしまいます。わたしも、読み返すたびに泣いてしまうのですが。特に、こんなシーンがあるんですけど……」
「……これは戦乱の中で書かれた小説ですから、描写がとても恐ろしくて、まさに死を知っているひとが書いたように残酷なんです。でも、そうしたおどろおどろしくてもう夜も眠れない! と思わされる話なのにもかかわらず、ページを捲る手を止められないのです。どこかに現実との境界線が引かれています。だからこそ、引き込まれるのです。夢、幻想、そんな感じがするのです。きっと、ホラーが好きなひとは純粋に怖さに楽しめるだろうし、好きじゃないひともこの幻のような世界にどんどん引き込まれるはずです。この、猫の足跡だけでこんなにも素晴らしい小説を書いてしまうのですから、ジニー・ル・ディスの他の作品もぜひ読んでください。もっとスケールの大きなのも、もっと怖いのも、きっと一人一人が気に入る物語を見つけられるはずで……」
最初はわたしたちの途切れることなく続く熱弁にただただ驚いていただけだった生徒たちも、途中から真剣に耳を傾け始めた。興味を持ってくれているのかな。
時間はあっという間に過ぎた。
「…というわけで、本日の特別授業は終わりになります。質問があるひとは後で聞きに来てください。聞いてくださってありがとうございました!」
凍砂さんの言葉で、特別授業は終了。
――――と。
何人もの生徒たちが駆け寄ってきた。
わたしと凍砂さんが目を合わせて同時に首を傾げていると、金髪碧眼のお人形さんみたいに可愛い少女がわたしに言った。いや、少女って言ってもわたしと同じくらいなんだけど。
「今日はありがとう! 今までで一番楽しい講義だったわ。わたし、『例えば、君が泣いたとき』読んでみようと思います! だから、また来てください!」
彼女が目を輝かせて言ったのを合図に、集まっていた生徒たちが口々にあれこれと言い始めた。また、凍砂さんと目を合わせて首を傾げる。だけど、口元には堪えきれない笑みが浮かんでいた。
大成功!
〈更紗side〉
講堂で友達とぺちゃくちゃしゃべりながら、わたしは憂鬱な気分だった。
今日は古文の特別授業。王宮直属学者団の偉ーい学者さんが来る。
だけど、わたしは古文が大嫌いだ。
意味が分かんないし堅苦しい。他の教科と違って新鮮味がないしつまらない。学年で五本の指に入る優秀な生徒であるわたしがそんなこと言えないけど。
自慢の金髪を指でくるくるしながら友達の超どうでもいい話に相槌を打つ。
いつも来る変なおじさんの講義は本当につまらない。永遠、古文書のいいところ、素晴らしさについて力説してるだけ。眠くなっても仕方がないんじゃないかしら。その隣にいるゆるほわ系の男のひとを見てるのは癒されるんだけど。
そう思いながら講堂の入り口を見ていると、最初にゆるほわ系のあのひとが入ってきた。それから、
すっごい美人の少女が入ってきた!
わたしは息を呑んだ。綺麗なプラチナブロンドに透き通るアメジストの瞳。華奢で顔も整っているし、地味な黒いワンピースが華やかなドレスのように彼女を浮き立たせている。ていうか、わたしたちと年はそんなに変わらないように見える。すごい童顔なのかな。
「――――らしいんだけど、更紗どう思う? …更紗? ちょっと、話聞いてる?」
不満げな友達にわたしは彼女を指差した。
「なに? 急に。ちょっ………」
友達がわたしを見た。
「誰?」
「知らない。美人じゃない? めっちゃ童顔だし」
わたしがそう返すと、友達は眉間に皺を寄せて彼女を睨むように見ていた。
「…いや、童顔じゃないよ」
神妙な顔でそんなことを言う友達を、わたしは笑い飛ばした。
「まさか。学者団に本物の若い少女がいるっていうの?」
「そうだよ。更紗、聞いたことない? いや、あるよね。流華=シャネリアって」
わたしの顔から血の気が失せた。
「ある……」
「王立大学を15歳で首席卒業したあげく、学者団にも推薦され、しかもめちゃ美人」
「わたしたちと年齢変わんないわよね?」
「でも読書に明け暮れてて社交界にはあんまり出てこない。…ね、更紗この間の王宮のスプリングパーティー行ったよね?」
「行ったわよ」
わたしが首を傾げて答えると、友達はぐいっと顔を近づけてきてわたしに言った。
「彼女、珍しく社交界に出てきてたの。スプリングパーティーで。しかも、あのカリディアン家の女たらしに構われてたところ、祐樹様に助けてもらってたって評判じゃない! 更紗、知らなかった?」
「あー! 思い出した! 誰だあいつって思ってたんだわ! まさか、学者だったなんて!」
わたしは俄然授業に興味が出てきた。どうも、あの変なおじさんは来ないっぽい。
シャネリアさんの授業はどんな感じかしら?
気づいたら、わたしは熱く語るふたりの授業に飲み込まれていた。
周りを見ると、みんなも身を乗り出していた。特に男子はシャネリアさんに釘付け。
どこかに、古文書が好きになった自分がいた。
授業が終わってからシャネリアさんのところに行くと、彼女は本当にわたしたちと変わらない、だけど美少女、だった。
「今日はありがとう! 今までで一番楽しい講義だったわ。わたし、『例えば、君が泣いたとき』読んでみようと思います! だから、また来てください!」
わたしがそう言うと、シャネリアさんは嬉しそうに笑った。
今度またどこかのパーティーで会えるといいな。




