日常2
「司祭様、ようこそいらっしゃいました!」
その日、孤児院の職員が気色を浮かべて客を迎えていた。
五十代半ば。でっぷりと腹が突き出て毛髪は薄く、体から油を垂れ流している様な人物は有力な宗派、純善教の司祭だ。
そして領主がこけた今現在、有力なヒルダの販売先でもある。
「久方ぶりですな。まさか子が冒険者になる程に困窮しているとは思わず申し訳ない……」
「うっ……ご、ご安心ください。幸いにも無事帰っております」
司祭、エンリケがちくりと釘を刺す。
意訳すれば、ヒルダの管理はどうなってるんだ。傷物になっていないだろうな? というクレームである。
「なんでも有力な冒険者がいらっしゃるとか」
「は、はい。ゴブリン二十数体を駆除したらしく……」
(余計なことを……)
職員に尋ねたエンリケの胸中に大きな不快が生み出される。
彼の予定では困窮した孤児院に手を差し伸べ、ヒルダを助ける善人として振る舞うつもりだったのに、それと同じことを、どこの馬の骨かも分からない冒険者如きにされたのだ。
この背景は面倒で、元々純善教の司祭は殺生を行なう者を忌避する傾向があり、腐敗し切っているエンリケもそれは変わらない。
更に上昇志向を持つ人間特有の悪癖として、他人を見下す性質が多分に存在し、エンリケは大いに該当しているため、冒険者であるジョン一行を非常に軽蔑していた。
(冒険者如きが手を出してくるなど)
更にこの人物、自分の行動が判断基準という悪癖が存在し、ジョン達の行動がヒルダを手に入れるための打算だと思っていた。
(まあいい。娘も下賤な職を嫌っているだろう)
そして自分中心の判断は妄想を生み、ヒルダが嫌々ながらも仕方なく冒険者をやっているのだと思い込む。
「ああ、君がヒルダちゃんかな? 職員の人達からとてもいい子だと聞いているよ」
「は、はい。ありがとうございます」
「君のような子が無理をして冒険者をしていることに心を痛めている」
「え? いえ、無理は全然していませんよ」
ここでエンリケは選択を間違えた。
親切な人たちに出会えてよかったねと、当たり障りのないことを言えばよかったのに、ヒルダから引き出せたのは明確な困惑だ。
基本的に天才肌のヒルダは、ジョン達から移動の技術を学び取っていたし、魔法で採取した物の鮮度を保てる立派な戦力になっていた。
そして帰れば孤児院の充足度は増し、一日の反省会では問題点があれば改善され、いいことがあったら褒められる環境に身を置いている。
それ故に今の状況に不満を覚えたことなどなく、無理をして冒険者をやっているつもりなど全くなかった。
「なるほど、そうなんだね」
穏やかな表情のエンリケは、心の中で職員に悪態を吐きそうだった。
従順で扱いやすく、なにを言われてもはいと答える商品として紹介されたのに、自己肯定感があって意見をはっきり口にするのは、提示されたカタログ外の仕様だ。
ただそうなっても、そこは説法を行なう司祭だ。
学のない冒険者風情に、年若い女性を連れて出歩くのがどれほど危険で、常識知らずな行ないなのかを諭すなど容易いと思った。
そういう訳でジョン。更には暇だったナイファーと蘇生厨が呼び出されたのだが……。
(これが二十匹のゴブリンを倒した冒険者だって?)
エンリケの身ならずお付きの助祭たちに侮りが混ざった。
ジョンの外見は冴えないおっさんだし、全員が奇妙奇天烈な装備に身を包んでいたため、ゴブリンを倒したというのも、話がいつの間にか大きくなっただけだと思ったのだ。
「初めまして。アリウス伯爵領における純善教責任者、エンリケ第一司祭です」
エンリケが表面上は穏やかに。だが確かな高慢と共に正式な役職、名を告げたが、こうなると外交の場であり、ジョンの方もきちんと名乗る必要が出てくる。
「総員敬礼!」
平時から切り替えたジョンの命令で、ナイファー、蘇生厨が彼らの中で最もポピュラーな、頭に手を当てる敬礼を披露した。
その動きは非常に滑らかかつ鋭く、頭のてっぺんからつま先まで意識が宿っているような見事な敬礼だった。
この動き一つでも、見る者が見れば王宮で勤めていた近衛兵かと思うだろう。
「ジョン・ドゥであります! 服装、階級章、略章の不備はご容赦ください!」
弛んでいたジョンの目が鷹のようになり、品位すらも感じる敬礼姿のまま口を開くその姿は、文明を忌避する敵性種族すらたじろぐだろう。
この姿はヒルダの少女の部分が好きな穏やかな普段ではなく、女の部分が好きな匂い立つような戦士としての顔だった。
ただそうなると、エンリケたちはぎょっとするしかない。
「ど、どこかで将をされていましたかな?」
「軍規につきお答えできません!」
尋ねるエンリケも通常なら、冒険者に将の経験があるかなどは尋ねないが、ジョンから漂う覇気が濃すぎた。
普段は指揮下の兵からぼろくそに言われている男だが、無限に等しい時間で彼らを束ねているため、仕事中に限りきちんとした兵として振る舞うことが出来るのだ。
「ご用件を伺います!」
「それは、その、彼女のことですが、冒険者で……ど、どのような?」
「我々に無い優れた魔法の技術を有しており、必要不可欠なパーティーメンバーであります! また非常に才能にも優れ、五年もあれば兵士としての我々を凌ぐ腕前になると思われます!」
「は、はあ」
エンリケが常識を諭してジョン達の面目を潰し、ヒルダから引き離そうとした拙い考えは、予想外から立ち直れないままとん挫した。
一方、堂々とした声で称賛されたヒルダは、恥ずかしさと嬉しさが入り混じって赤面し、視線が地面とジョンを交互に行き来する。
「そうですか……」
結局エンリケに出来たのは、歯切れの悪い会話だけだった。




