日常
「子供たちの健康診断とか必要だよな……」
「お困りのようですね」
「お、お前は⁉」
無理矢理孤児院に押しかけ、思考が孤児院の子供の健康に移ったジョンは、背後にいる男に驚愕する。
ゴーグルとヘルメットで顔は伺えないが、腕に巻いている十字マークの腕章が、これ以上なく彼の役割を主張していた。
「蘇生厨! お前は医者じゃないだろ⁉」
「失礼な。これでもれっきとした軍医ですよ」
「能力は知ってるけど蘇生してるところしか見たことないぞ!」
「そりゃまあ発揮する機会がありませんので」
「……いったいどういう風の吹き回しだ?」
「戦場ではありませんから、他のことをしてもいいと思っただけですよ」
「うーむ」
男、蘇生厨をジョンは心底疑わしそうな目で見るが、それも仕方ないことだろう。
蘇生厨はたった一つのことしか興味が無いと言わんばかりに動くため、健康診断を申し出たのが奇跡に近い。
「……じゃあ頼むわ」
「お任せあれ」
ジョンは蘇生厨が医者の真似事を出来るのか半信半疑だったが、やるというからには事実だろうという信頼もあった。
……この複雑な心理は、それだけ普段の蘇生厨がイっているからであるが、当事者である蘇生厨はある意味でプレッシャーを感じることになる。
「お医者さんだって!」
「えっ本当⁉」
「すっげーーー!」
(き、期待が刺さるんですが……)
それは子供達の無邪気な視線だ。
医者という存在は裕福な者だけに関わると決まっており、金が無い者は民間療法に頼るしかない。
つまり子供達は無邪気に、お貴族様がするような凄い体験を出来るんだと目を輝かせているため、軽い健康診断をするつもりだった蘇生厨は随分と困った。
「あわわわ。ど、どうするよ蘇生厨」
「白衣を着て後ろで立っててくれません? なんかこう、今から凄いことを始めます的な雰囲気を出してくれるとなお良し」
「分かった!」
ジョンも慌てたが、蘇生厨と共になんとか切り抜けるため、自身の【中】から白衣を引っ張り出して装着する。
「ふーむ……なるほどなるほど……異常はありません。とても健康ですね」
こうして子供達を診察する蘇生厨は、どのようなステータスなのかを一目で見抜けるのに、敢えて医者らしく慎重に、舌や目の色、脈、体のバランスなどを注視して口を開く。
ただ幸いなことに、数名ほど軽い栄養失調の兆候が見られたものの、それ以外は問題なく、金銭さえあれば解決できる範囲に収まっていた。
「ありがとうございます!」
「いえいえ。はい、ヒルダさんも異常なし。まあ十割死んでてもなんとかしますけどね」
「あははは」
健康診断はヒルダも例外ではなかったが、彼女は冗談めかした蘇生厨の口調に合わせて笑みを浮かべる。
これが比喩でないなんて、定命の存在が理解出来るはずもない。
「見つかんなーい!」
「どこー?」
その時、窓の向こうから声が聞こえ、ジョンは引き攣った顔で孤児院の外に出る。
「ステルーーーーース! まさか子供のかくれんぼで本気出してんのかお前⁉」
子供を怖がらせないように怒鳴るという器用な真似をしたジョンが、孤児院の周囲をぐるりと観察する。
元は教会らしき敷地はそこそこ広く、余裕がないため手入れがされていない花壇や小さな木陰などがある。
しかしどんなに見渡しても、そこにいる筈の兵士が見つけられず、ジョンの表情筋は更に引き攣ってしまった。
「……」
「ぎょっ⁉」
「あ、いたー!」
「見つけたー!」
すると突然、ジョンは背後から肩を叩かれて飛び上がると、そこには植物を編み込んだギリースーツに身を包み、表情を伺えない男が肩を竦めていた。
不審人物の名をステルス。
隠れることを至上命題に掲げ、場合によっては戦闘よりも見つからないことを優先する変人兵士だ。
というか基本的に大隊兵は変人、変態、変な奴しかいない。
「俺らでも本気で隠れたお前を見つけられないのに、子供と本気でかくれんぼする奴があるか!」
「……」
「なに? 遊びでも勝負は勝負? あの、ライオンとウサギ理論を人間の子供相手に持ち出すのはヤバくね?」
「……」
「無視かコラ」
「おじさんたち変なのー!」
「きゃははー!」
ジョンが一方的に喋りかけ、ステルスが無言で対応しているのに、なぜかやり取りが成立していため、子供達が面白味を感じて笑い出す。
「そ、そうか……もうおじさんか……なあステルス。俺らにも若い頃はあったよな?」
「……」
「うんうん。狭いステージで単なる打ち合いしか出来なかった頃だ」
「あはははは!」
これにジョンは道化になることを選択し、大して気にしていない年齢を持ち出して、ステルスとの奇妙な漫才を繰り広げる。
空気の読めるコミュニケーション能力は、彼らの戦場では必須技能だった。
◆
別の日。
孤児院で暮らす人間の朝は早く、五十人近い孤児、捨て子の朝食を準備し、井戸から水を汲み、掃除だってしなければならない。
「んーーー……! よし!」
起きて体を伸ばしたヒルダも手早く身支度を整えると、敷地の中にある井戸に向かう。
「はい! はい! はい! はい!」
「せい! せい! せい! せい!」
そこには妙な掛け声のジョンと蘇生厨が、井戸から水を汲んで水瓶に入れている真っ最中だった。
流石は軍人。広背筋には随分と自信があるらしく、重労働な水汲みを全く苦にしていない。
「おはようございます!」
「おはようヒルダちゃん! 今日もいい天気だね!」
「おはようございますヒルダさん」
「これ、運んでおきますね!」
「はーいお願い!」
元気よく挨拶したヒルダにジョンと蘇生厨が微笑み、重いはずの水瓶を軽々と抱えた彼女を見送る。
孤児院でのヒルダは特別扱いで、手先が荒れる水回りの仕事は強制的に免除されていた。しかし弟分、妹分たちのために冒険者になるような少女にそれを強制し続けるのは無理と言うもので、度々口論になっていた。
そこでジョンは職員に、意欲のあるヒルダを抑圧し続けると爆発してしまうので、孤児院内でちゃんとした仕事を割り振ることを提案。
実際にヒルダが大爆発を起こして冒険者になったため、職員たちは渋々ながら受け入れるしかなかった。
「おねえちゃん嬉しそうー!」
「ねー!」
こうして妙な疎外感を感じなくなったヒルダの機嫌は、子供達から見ても非常によく、最近浮かべていた暗い笑顔も消え失せていた。
「野菜なんて切ったことなかったけど、意外となんとかなるな」
「ナ、ナイファー……ガスマスク外さない?」
「目に染みるかもしれねえだろ」
「あ、はい。ヒルダちゃん、どんな感じ?」
「もうすぐ終わります!」
「うーん完璧。どっかで修行したらすぐ一人前になれるよ」
「ありがとうございます!」
次にヒルダは料理場で野菜を切り、ナイファーと漫才をしていたジョンに褒められ照れたような表情になる。
誰かとこういった作業をさせてもらえなかったヒルダは嬉しくて仕方ないようで、褒められるたびに花も恥じらうような可愛らしさを発揮していた。
「よし、それじゃあ買い物に出かけようか!」
「はいジョンさん!」
特にジョンとヒルダの相性はいいようで、彼女は時に褒め、時に軌道を修正してくれるジョンの傍にいることが多かった。
「やあジョンさん。今日も買いものかい?」
「おおジョン。頼まれてたものだが仕入れたぞ」
「ジョンの兄貴、これなんかどうだ?」
なおジョンは街の人気者でもあり、あちこちで声をかけられる。
この伯爵領の人間にとって、異国情緒どころか見たこともない服装に身を包んでいる不審人物だが、そういったものを解決してくれる魔法の御業がある。
「これください。あとこれも。野菜が売れ残ってたら全部引き取ります。あ、小麦に大麦、オリーブ油に葡萄酒も必要かなぁ」
「はいよ!」
ジョンの注文に商売人達はニコニコ顔だ。
やはり金。金はだいたいのことを解決してくれる。
「あんたも人がいいね。孤児院の子供は五十人近いんだろ?」
「出来る人が食べさせてあげないと」
「偶に王都にいる聖人の話を聞くけど、あんたの方がよっぽど相応しいよ」
「過剰な評価ですって」
顔見知りになった商人にジョンは苦笑する。
孤児や捨て子が集まっている孤児院は、人数が五十人近い大所帯だ。
その全員分の食料品、衣類。更には孤児院の修繕や子供達の玩具、勉強道具一式を揃えようと思ったら途轍もない金額が必要で、通常の人間ならまず賄えない。
故にこそ事業をしくじった領主は孤児院を含めた経費を削減したのだが、そこへ突如やって来たよそ者、ジョン一行が全てを変えた。
最初はゴブリン二十数匹を始末したよそ者を恐れていた街の人間だが、やっていることが慈善事業と言う他ないものだと話は変わる。
ゴブリンの件のほかに珍しい鉱石や、薬草を持って帰って来たと思えば、その報酬を全部孤児院に費やしている人間を疑い続けるのは無理だ。
ましてやその費やしている金は、不景気の街に金を遠慮なくばら撒いていることも意味しており、ジョンの顔と名前は瞬く間に街全体に広がっていた。
「ヒルダさん、ジョンさんって結婚されてる?」
で、ヒルダは井戸端会議に巻き込まれていた。
「いえ、あの、分からないです」
「そうなんだ……でも奥さんっぽい人はいないよね」
「うんうん」
「やっぱり甲斐性よねー。それにジョンさん、優しいし」
ヒルダより同年代より少し上だろうか。
冴えないおっさんだから目を覚ませと言いたい人間は多いに違いないが、それはそれとして不景気な時代には、きちんと稼いでくれる点が大きなポイントになる。
ついでに孤児院のために頑張っているとなれば、性格面でもちゃんとしているため、冗談半分。つまり半分は本気でジョンを狙っている女性陣がいた。
(なんだろう……これ……)
一方、好きに言い合っている女性陣の姿を見たヒルダは、胸の奥でざわざわとする感覚に戸惑っていたが、その正体に気が付くには色々と人生経験が足りていない。
「ヒルダちゃん、この箱おねがーい!」
「わかりましたー!」
そんなモヤモヤはジョンの言葉にかき消され、彼女は再び笑顔になって走り出す。
彼女は間違いなく、幸せだった。




