冒険者
社会的弱者へのセーフティーは時として驚くほど呆気なく崩壊する。
今回の事例で言えば領主が投資にしくじって予算を切り詰めた結果、孤児院への予算がカツカツどころか崖っぷち手前にまで悪化したのだ。
(どうにかしないと……!)
そんな孤児院に一人の少女がいた。
名をヒルダ。平民とは思えぬほどに美しく成長した彼女は、孤児院からとっくに巣立っているはずの年齢だ。
彼女の同年代はどこぞの商会やらで下働きをしていることを考えると……なんてことはない。美しいモノには値段が付くという、昔ながらの発想だ。
それは一旦置いておこう。
兎に角今現在の孤児院は危機的状況で、流行り病でも起こった日には数十人いる子供達が治療されることなく、全滅する可能性があった。
「おねえちゃん、おなかへった……」
「少し待っててね。お姉ちゃんがお金を稼いでくるから」
「うん……」
お腹をすかせた子供達を宥めたヒルダは決心を固める。
前述したとおりヒルダの売り先最有力だった領主はそれどころではないし、領地全体が洒落にならない不景気を予感させるときたものだ。
だから彼女は安直に一攫千金の代名詞である冒険者ギルドに入り、メンバーを集める必要が生まれ、よりにもよって妙な存在に声をかけた。
それはひょっとしたら運命だったのかもしれない。あるいは単なる偶然だったのかもしれない。
しかし確かに、ナニカが始まったのだ。
「という事情があって……私、魔法が使えるので戦力になると思います」
「なるほどお。五十人近い弟、妹たちのために……ヒルダちゃんは偉い! 素晴らしい! 感動した!」
「えっ⁉ いえそんな⁉」
「駄目駄目。人として偉いことはきちんと自認しないと、相手にも失礼になっちゃうよ。俺が家族のために頑張るヒルデちゃんは凄いって、世界の全員に胸を張って言えるくらい凄い!」
世間知らずどころではないヒルダの判断をジョンは大いに称賛した。
咎められるべきは彼女を美しい肉として扱い、環境を作り出した者だろう。
「なんでぇ、わざわざ命を捨てなくても俺が可愛がって働ける場所を紹介してやるよ」
尤もヒルダの美しさに目が眩み、近くで話を聞いていた中年の冒険者が正論を吐くが、最後の本音が全てを台無しにしていた。
それをジョンが聞き咎める。
「若者が誰かのために戦う道を選んだ……素晴らしい事じゃありませんか。賞賛されるべきじゃないですか。誰かのために戦ったことなどない我々は、彼女が心の底から尊いと思いますよ。故にこそ、戦い方を教えるのが先達の役割ではありませんか?」
「な、なんだよテメエ……」
ずいっと身を乗り出したジョンに中年冒険者は思わず仰け反る。
ジョンは一見すると、服装が奇抜なだけの優男で覇気などなく、超一流の冒険者が持つ雰囲気とは無縁だ。
しかし中年冒険者が覗いてしまった目が……目がぽっかりと空いた穴のようなのだ。そのくせ中心の瞳は爛々と輝き、嘘偽りなくヒルダを称える意思を宿している。
「おーい。チーム名が必要だってよ。ナイファーズでいいか?」
「いいわけねえ。ヒルダちゃん、何か希望ある?」
「い、いえ、ありません」
「じゃあワルキューレでいいかな?」
「はい大丈夫です」
「ナイファー、ワルキューレでよろしくー」
「ヘリにでかいスピーカーをセットしたらいいんだな」
「そうそう」
そこへナイファーが横やりを入れ、急造チームをジョンがワルキューレと名付けたことで、新たな冒険者パーティーが誕生した。
これが歴史に良い意味で名を残すのか、それとも真逆なのか……誰も知りようがないことだった。
「ナイファーズは次の機会だな。早速だがドカンと稼げる話はあるかい?」
「現在は宝石蛇が脱皮する季節のため、運が良ければ見つけることが出来るかもしれません」
「ほうほう。名前を聞くに一目で分かる感じかな?」
「はい。言葉通り宝石のような見た目の抜け殻です」
「だってよ指揮官」
「了解。さあヒルダちゃん、初仕事といこう」
「はい!」
軽く情報を収集したナイファーが合流するとジョンと共に歩み出す。
その傍らにいたヒルダはやたらと賞賛されたため、顔を真っ赤にしていたが。
「ヒルダちゃん、魔法を使えるって言ってたけどどんなのかな?」
「えっと、炎とか風の刃とか、水、氷も出せます」
「それって一流じゃない?」
「ナイフを作り出せないならまだまだだ」
「お前の判断基準はおかしい」
ジョンはよく見れば、確かに人の雰囲気が暗い街を歩きながらヒルダに問いかけると、それはきちんとした魔法使いの分類に入るのではと疑問を覚えた。
事実、地水火風や様々な系統の魔法を一つか二つ操るのが平均的なことを考えると、ヒルダは天才と言っていいだろう。
しかもだ。
「お勉強、大変だったでしょ」
「いえ、なんとなくで出来ちゃって……」
「天才じゃったか」
ヒルダは高額な専門家の教育を受けることなく、やってみたら出来たと言わんばかりの軽さで魔法を扱えた。
「しかし魔法よりもナイフを振った方が早い場面もある。と言う訳で簡単な短剣術くらいは覚えておけ」
「はい!」
そこへナイファーが口を挟み、ヒルダを悪しき道に引き摺り込もうと画策すると、素直な彼女はガスマスクの怪人に頷いた。
(武器を渡せたらいいんだけど、多分使えないし……最悪の場合は招いちゃうんだよなあ)
ジョンは悪しき伝道者の言葉を聞き流しながら、手っ取り早い手段がかなりの危険を伴うと判断する。
もしヒルダに銃を手渡したとしよう。その場合、ジョン達に紐付いている武装が彼女を拒絶する可能性が大いにあり得た。
ただこれだけなら軽く実験するだけで分かることだが、最悪の場合は巻き込まれてジョン達の戦場にご招待なんていう、誰もが断る事態を引き起こしかねないため、簡単に試す気にはならなかった。
(無鉄砲。無茶……いいじゃないか。たった一つの命を他人のため使えることほど、尊敬に値するものがあるか?)
ジョンの思考が逸れ、冒険者ギルドにいた時と同じ思いを抱く。
戦い続けている彼らには、他人のため戦うという発想が無い。だからこそ幼い孤児たちのため、無計画に飛び出したヒルダをジョンは……彼ら全員が尊いものとして認識している。
(俺達にも意味が出来たな)
揺蕩う概念に等しい男は、異世界に落っこちた理解不能な事態に頭を抱えていたが、素晴らしい経験が出来たと喜ぶ。
「ところでジョンさん、どちらへ向かうのですか?」
「え? あ、そうだった。北側に泉があるでしょ? その近辺が結構ねらい目っぽいんだよね」
「そうなんですか?」
「そうそう」
気になったヒルダが尋ねると、そういやそうだったと心の中で思ったジョンは目的地を告げる。
おおよその作戦目標が分かるなんて言っても、彼ら以外には理解できないだろう。
「じゃあヒルダちゃん、作戦行動をする際のルールを決めよう」
「はい!」
街を歩き続けるジョンがヒルダに話しかけた。
「ルールその一・命を大事に。その二・危ない時は逃げる。とりあえずこれだけ大事にしてたら後はなんとかなる。死んだらそれで終わりだからね」
「えっと、必勝の策とかは……」
「生きてりゃ勝ちさ」
「なるほど……!」
軽く言うジョンには傲慢がある。
碌に知らない世界、生物、魔法、技術。それらがはっきり分かっていないのに、自分達がいるなら最低でもヒルダが逃げ切れる程度は出来るだろうという自己認識だ。
「お二人はどこでご活躍されてたんです?」
「ヒルダちゃんが知らない遠くのところさ。戦歴は……ナイファー、どれくらいかな?」
「今までの戦場の数を覚えられるわけがない」
「だよね。少なくとも指の数よりは多い戦場を渡り歩いてきたから、かなりヤバいことになってるよ。依頼主は機密中の機密だから勘弁してね。怒ると死ぬほど怖いんだ。おっともう門か、それじゃあヒルダちゃん頑張っていこう」
「はい!」
安全装置が解除された。




