滅びの大渦
大陸の南部を支配する強国、セント王国の王都にアリウス伯爵とエンリケ司祭、異端の疑惑あり。という凶報が齎されると、すぐさま悪を討滅する部隊と統治の文官が派遣された。
アリウス伯爵は子がおらず直系が途絶えたし、親戚も異端騒ぎがあった領地に手を出すほど馬鹿ではない。
それに事件には大宗派の一つ純善教の司祭が絡んでいるとなれば、伯爵家という高位貴族の親戚連中でも、手に負えない事態だ。
「戦乙女の調査年にこれだ。厄介なことをしてくれたよ」
「暫く家に帰れんぞ……」
「はあ……」
現地に行かない文官ですら、積み重なっている仕事にうんざりして愚痴を言い合っている程で、実際に伯爵領に行く者達は聞くに堪えない罵詈雑言の嵐を発している。
これがそこらのちんけな貴族家ならまだマシだったが、伯爵領は広く単純な仕事で片付けることは出来ないだろう。
(純善教が出てきたら面倒臭いんだよなあ……)
ついでに文官達は単に王国の宮廷力学だけで終わらせられない事態に頭を痛めている。
司祭が異端に与していたなど恥も恥。大恥だ。
現在の純善教は他にも異端がいないかを血眼になって探しており、アリウス伯爵領でも大騒ぎするのは目に見えていた。
一方、更に面倒臭いことになっている部署があった。
それはセント王国の最も暗い部分の組織で、彼らは突然の異端で大騒ぎになっていたが、その中でも一握りの者達は極限の厄介ごとに頭を痛めていた。
「00000000……恐れよ……死の君主を恐れよ……称えよ……破壊の権化を称えよ……00000000……恐れよ……恐れよ……称えよ……称えよ……嗚呼死よ……破壊よ……00000000」
知る者は王宮でもほぼいない、とある施設の地下牢で貧相な老人がブツブツと呟いていた。
ぼろ布を纏い、目には布が巻かれ、手足は枯れ木の様な細さだ。
「どうなっている?」
「変わりありません。ずっとこの調子です」
施設を訪れた者が管理している人員に尋ねる。
この老人、予言や予知の類を突発的に行なえるのだが、そのせいで常に正気と狂気を行き来しており、とてもではないが表に出せるような男ではなかった。
「答えよ星詠み! その数字の連なりはなんだ! 破壊と死とは⁉」
そのため訪れた男もダメもとで叫んだが意外なことに、星詠みと呼ばれた老人は一時的に正気に戻れたらしい。
「地上の王権。地下の主が降臨されたのだ。まさか現れるとは思わなんだが……なぜ? 事故? 世界が存続している時点でなんらかの異常がある」
尤も言っていることは意味不明だったが。
「そいつの思惑は⁉」
「定命が揺蕩う概念の思惑を理解することなど不可能。まだ蟻に言語を教えようと試みる方が建設的だ」
「さっき世界が存続している時点で異常だと言った!」
「結果だけははっきりしているはずなのだ……世界は争いの果てに滅びる……そのはずなのだ」
「ならば悪神や邪神の類か⁉」
なんとか解釈しようとする男が、そんな存在ならば悪に連なる神格だろうと聞いた途端のことだった。
「はははは。はははははははははは! ハハハハハハハハハハ! 聖典で討てと明記されている者共も、アレを知れば恐怖するだろう! もっと単純だ!もっと純粋だ! もっと! もっと! アレこそは滅びなのだ!」
ぐっと狂気に寄ったのだろう。
星詠みはボロボロの歯をむき出しにして大笑いし始め、牢の外にいる者達を恐怖させる。
「な、なぜそんなモノが現れた⁉」
「わからない……異常だ。そもそも、かの存在はなぜ仮初の王権を排除していないのだろうか。間借りしている王を許容しているのか? やはり理解しようとする方が間違いか……」
「間借りの王とは⁉」
「かの者にとっては、王を名乗る者全て、王権全てが偽りでしかない。王権は唯一無二。かの者のみ」
「どういう意味だ!」
「これ以上を口に出せない。言えば事実になる。言葉に宿った力が溢れる。そういう存在なのだ。そういう至高なのだ」
「では数字の連なりは⁉」
「わからない……恐らく関わりがある筈。だが意味するところはなんだ? 嗚呼……恐ろしい……恐ろしい……死と破壊が訪れている……いつか訪れし者が今……」
「おい!」
「ああ……ああ……ああああああ……」
暫くは問答を続けられていたが、星詠みが再び正気を失ったことで会話は終わり、尋ねていた者達は事態の深刻さに頭を痛めて去る。
その間も星詠みは見ていた。
滅びだった。
空は赤く燃え、大地は溶け、草木は枯れ、人が築き上げてきた全てが崩れ落ちた地獄絵図。
そこで多くの兵が戦っていた。
星詠みの知識には無い、筒のようなものから何かが飛び交い、弾け、兵が倒れ伏してはまた起き上がる。
空では見たこともない怪鳥が飛び回り、地では怪物が咆哮を上げている。
そして決着。
彼らなりの納得が得られたのだろう。戦いの轟音は止み、兵士たちは金属の馬のようなものに乗って、荒れ果てた荒野を去っていく。
見るがいい。命と人を踏み躙る破壊の証を……残されたものは空虚と滅びのみ。
じゃり……っと、地を踏む音が聞こえた。
戦場の後で一人残された兵士が、去った一団を追うように歩いていた。
目が合い、考えに触れ、あまりの驚愕で星詠みは霊視の空間から転げ落ちた。
「あ、ありえない……まさか……まさか……人を……世界を……」
信じ難いことに直面した星詠みは正気の側に寄って、呆然と呟く。
「愛しているのか……?」
まさしく、あり得ない事態だった。




