街の有名人
「こりゃまた立派な騎士様だねえ……」
「ほんとうですねえ……」
ある日、大通りに多くの見物人が集まっていた。
その中には感心しているジョンとヒルダも含まれている。
事態を重く見たセント王国は精鋭の軍を派遣したのだが、重装甲の騎士や聖職者の集団は、完全に見世物となっており、多くの見物人を招いていた。
「こういう時は事情通のおじさんを探すのが決まりなんだけど」
「そんな人がいるんですか?」
「場所によっては、知らないことの方が少ない説明好きな人がいるもんなんだよ。今は……いないっぽいね」
ジョンがきょろきょろと周囲を見渡し、お約束的な存在を探すものの、王都の最精鋭の事情通などそう居るものではない。
仕方ないので、ジョンなりの観察をする。
(段違いで凄い祝福。鎧、剣……体にも刻まれてるかな? 普通の小銃弾程度は決定打にならないかもなあ。隙もない。結論、精鋭)
煌びやかな装飾過多に見えて、実はきちんとした意味のある重装鎧。
鞘から漏れている神聖な気配。
マント一つを見ても魔力が漂っているのだから、どれだけの予算をかけているのか想像も出来ない。
しかもそれを着こんでいる者達は油断なく周囲を注視している、筋骨隆々の逞しい者達だ。
更に更に騎乗している馬は、そんな重量を意に介していない巨馬ばかりで、訪れた千人近い人員は、下手をすれば小さな城を作れるような費用がつぎ込まれているだろう。
「ジョンさんは馬に乗れるんですか?」
「暫く乗ってないからどうだろ……案外、体が覚えてるかもだけど、ちょっと、いや、かなり自信がないなあ」
「やっぱり凄いです!」
「たはは」
兵を観察していたジョンはヒルダの問いで観察を止めて、顎を擦り自信なさげに呟いたが、彼女の賞賛に照れる。
平民が生きた財産である黄金である馬に乗る機会はそうそうなく、きちんとした乗馬のスキルがあるものはもっと限られる。
「それはそうと、一気に他の人も増えたね」
「はい」
照れたジョンが話題を変える。
精鋭の重装騎士に加え従卒や小間使い。更には文官を含めると一万人近い行政の人間が伯爵領に集うのだ。
これでは非合法組織は商売あがったりどころか、住むことも出来ない状況で逃げ出しており、逆に商売のチャンスだと思った商人が押しかけている。
異端騒ぎが起きようと、金になるなら商売人はどこにでもやってくるものだ。
さて、視点を変えてマーカスという騎士を紹介しよう。
三十代半ばの戦士としての最盛期を迎え、アリウス伯爵領の治安維持を担うことになった者の一人だ。
短く刈り上げた金髪に鋭い灰色の目。
岩を切り出して人の形にしたような筋骨隆々で、剣術、槍術の達人だ。
(我々に出来るか? 使用人に気が付かれず地下に侵入して、変異しかけているアリウス伯爵の暗殺……多分……可能な筈だが……)
騎士達は安置されたままのアリウス伯爵と地下室を見て、自分達で果たしてこれが可能かと試算するが、少々心許なかった。
まず重装の鎧は隠密行動に不向きで、聖なる力の光は闇夜ではよく見えてしまう。
ならば軽装では……防御に難が出てしまい、異様に鋭くなっているアリウス伯爵の爪で致命傷を負ってしまうだろう。
(更に下水道のことを考えると精鋭中の精鋭だ。暗殺部隊の噂を聞いたことはあるが……いや、純善教で極秘に活動していると言われる粛清司祭の方か?)
面白いことにマーカスは、複数の心当たりがあって混乱してしまう。
右手のことを左手がよく知らないのは、組織が大きくなれば多々あることだが、国家や宗派ともなれば秘密の組織が二つや三つくらいはある。
そしてこういった組織は決して表に出ないため、表の看板である精鋭の騎士達は頭を痛めていた。
勿論、最近やって来た冒険者が、面倒が起こる前に始末したという発想はない。
諸々の手続きをすっ飛ばした現役伯爵の暗殺など、どんな事情があっても国家への宣戦布告に等しく、露見すれば重罪だ。
そんなことを冒険者とはいえ民間が行なう義理も意味もない。
だから魔を撃つ理由があって表に出られない極秘の部隊が処理した……と思うことしかできないのだ。
もしゴブリンを始末した凄腕の冒険者がいると聞いても、腕利きがいるのだなとしか考えないだろう。
ついでに述べると国家に属している騎士達から見れば、冒険者などその日暮らしを優先する、大義など欠片もないゴロツキの仲間だ。
魔に属して人の世を乱す者が嫌いなため、必要とあれば炎に身を投じる兵士がいると聞いても、鼻で笑うだろう。
「マーカス」
「うん? どうした?」
思い悩んでいたマーカスに同僚が近づいてきた。
その顔は酷く深刻で、マーカスは嫌な予感を大いに感じてしまう。
「暗闇のジェスターが動いているという報告が、王都から追いかけてきた」
「ちっ。面倒な時に面倒な連中が来る」
思わずマーカスが舌打ちしたのも無理はない。
暗闇のジェスターとはトリックスターの神に仕える一団なのだが、属性が明らかに魔で、人の不幸や惨劇を嗤い、なんなら自分達で引き起こす一団だ。
アリウス伯爵領の騒動は、そんな集団になにか面白いことが起こっていると思わせたらしく、新たな騒動が起こるだろう。
「掴めるといいが……」
少々気弱な声がマーカスから漏れる。
わざわざ精鋭の騎士達がいる場に突っ込んでくるアホ……と言いたいところだが、トリックスターに仕えるだけあって暗闇のジェスターは表での活動より、裏での工作を大いに好む。
そのため気を抜けば寝首を掻かれる可能性があり、マーカスにすれば分かりやすい敵よりもよっぽど面倒な敵だった。
「少し聞き込みをしてくる」
「分かった」
考えすぎても仕方ないと思ったマーカスは、街に足を向け調査の初歩を行なうことにした。
「最近、妙な連中を見かけたことはないか?」
「ええっと……」
マーカスに声をかけられた商店の人間は困った。
妙な連中ではないが変な姿をしている一団。つまり孤児院を根城にしている兵士連中は妙と言えば妙だ
しか、異端を排除するために訪れた騎士達にわざわざ報告するまでもない、なんとも絶妙な位置にいる存在だった。
「なんでもいいのだ。責任は我々が持つから、気になったことを教えて欲しい」
「孤児院に変わった服装の連中が集まってますけど、冒険者の稼ぎを全部子供に突っ込んでるんじゃないかって思うような、本当に気のいい人達ですよ」
「変わった服装の冒険者?」
「はい」
その微妙な間を感じたマーカスが促すと、優先順位が大きく落ちた。
普通、何かしらを企んでいる連中は目立たないことを第一に考える。それを考えると目立つ服装をして、孤児院に金を振り込んでいる冒険者は話題になりやすく、裏の人間の変装としては失格だろう。
「孤児院に寄付をしているのか?」
「ええ。一時期は気の毒に、子供達も食うものに困っていたようですけど、今じゃ私らよりも食べてるかもしれません」
「それは……中々出来ることではないな」
「全くです」
「子供の数が急に減ったり、姿を見せないなどは?」
「ないんじゃないですかね。ちょくちょくその人らに小遣い貰って商店街で買い物してますし」
「な、なに? 小遣い? 孤児院の子が?」
「なんでもお金の使い方を考える機会は必要だとかなんとかで、お手伝いさせて小遣いをやってるらしいです。そんで引率して、子供達にあちこちで買い物させてますよ」
「どこかの聖人か?」
「さあ」
調査に来ている騎士ではなく、マーカス個人としてその連中に大きな興味が湧いた。
孤児院の子供が小遣いを貰って買い物をしていると聞けば、ある程度のセーフティーが機能している王都の人間でも耳を疑うだろう。
ただそれでもやはり、元々この街にいた非合法組織や、マテウス司祭の関係者の方がよっぽど優先順位が高く、あくまで珍しい一団がいる程度の認識でしかない。
「あ、噂をすれば」
「うん?」
市民に促されたマーカスが首を動かすと、そこにはチビッ子軍団を引き連れた見慣れない服装の男がいた。
「皆さんおはようございます!」
「おはようございまーす!」
その見慣れない服装の男、ジョンが号令すると五歳から十歳ほどの子供達が、商店街に向けて一斉に挨拶をする。
これは単なる礼儀だけではなく、街の人間に子供達の顔を覚えてもらい、万が一の時のセーフティーとして機能するようにという打算もあった。
知らない人間より、知らない可愛らしい子供達として認識された方が、何かしらの手助けをしてもらえるものだ。
「おばちゃん、これください!」
「はいはい。ちょっと待っててね」
実際、小さな手から硬貨を受け取り、野イチゴを渡しているご婦人は笑みを浮かべているし、通行人だって微笑ましいまなざしを向けていた。
「ああジョンさん。随分と木の実をぶら下げてるね」
「ははは」
そんな中ジョンは、何人かの子供を抱えて動き、商店街の人間に挨拶をしながら、子供達の動きをきちんと把握していた。
「どうやら一廉の人間らしい」
マーカスはその光景に一言呟いた。




